「絶望の舎」

人里離れた山の奥に、古ぼけた舎があった。
周囲は薄暗い森に囲まれ、日中でも光が差し込むことはほとんどない。
その舎は、かつて人々が集まり、語り合った場所だったが、今では使われることもなく、忘れ去られた存在となっていた。

ある晩、村から足が遠のいた青年、田中健一がその舎に足を運ぶことにした。
彼は昔からの噂に興味を持ち、特にその舎には「絶望の現象」が起こるという伝説があって、踏み込む者は誰一人として帰ってこなかったという。
健一は無謀にもその伝説を確かめるため、様子を見に行くことにした。

舎の扉を開けると、ぎしぎしと音を立て、まるで長い間待ちわびていたかのように彼を迎え入れた。
中に入ると、埃まみれの家具が乱雑に置かれており、薄暗い室内にはかすかに冷たい空気が流れていた。
健一は心臓の鼓動が速くなるのを感じたが、好奇心に駆られて奥へ進んだ。
彼がまだ若い頃に聞いた、舎で何があったのかを知りたいと思ったからだ。

部屋の奥には、一枚の古い鏡があった。
そこにはまるで別世界が映し出されているかのように、微かに光が漂っていた。
健一は鏡に近づくと、自分の姿が映り込んだが、その反射の中には何か異様なものがあった。
彼の後ろに立っているはずの誰か——見知らぬ人影がそこにいたのだ。
驚いた健一は立ちすくんだが、それはただの影だったのかもしれないと思い直した。

しかし、次の瞬間、彼の中に恐怖が芽生え始めた。
影が彼の方向を向き、微笑みかけているように見える。
それはまるで、彼の心の奥底に潜んでいた罪悪感や絶望を示しているかのようだった。
そして、彼はその影が抱える絶望と自分自身の過去が交わる感覚に捕らわれた。

それからのことは、次第に彼の記憶から消えていった。
ただ舎の中にいる彼は、時間が経つにつれて、その影と対話を重ねていった。
影は彼に何かを囁くように語りかけ、彼はその言葉に導かれ、次第に自分自身の内面をさらけ出すようになった。
彼がかつて犯した過ち、人との約束を裏切ったこと、そしてその結果として失ったものが彼に重くのしかかっていた。

その時、彼は気づいてしまった。
この舎には、絶望を抱えた者たちの魂が集まる場所であり、自らの過去と向き合わなければならない運命にあることを——影は彼が逃げ続けていた、自身の絶望の象徴であった。
彼は、その影から逃げることができず、ただ見つめるだけだった。

次の日、村人たちは彼を探しに行ったが、いくら叫んでも健一の声は返ってこなかった。
舎の中には静寂だけが広がり、もはや彼の姿はどこにもなかった。

彼が手にした運命は、決して他の者たちを守るための選択ではなかった。
自らの心の中の乱れ、絶望に向き合うことができず、彼自身が舎に閉じ込められたのだった。
その後、噂は広まり、舎は再び人々の記憶から消え去っていく。
しかし、あの場所には、今も尚、一人の青年の絶望が静かに眠っているのかもしれない。

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