「狛犬の影に宿る記憶」

静まり返った街の片隅にある古びた神社。
その境内には、時折人々が訪れるものの、滅多に賑わうことはなかった。
神社の名は「藤沢神社」と言い、地元の人々に「狛の神社」として知られていた。
狛犬が一対祀られ、その存在は歴史の長いこの神社の象徴であった。

ある秋の晩、大学生の智也は、友人のリーダーである浩二に誘われて、藤沢神社へ肝試しに出かけることになった。
彼らは霊的な現象を探し求め、勇敢にもその神社に向かった。
神社の境内に着くと、暗い木々が風に揺れ、不気味な音を立てる。
智也は、若干の不安を覚えながらも、仲間たちと一緒にその場の雰囲気を楽しむことにした。

神社の狛犬は、見る者をじっと見つめるように鎮座していた。
その目は年々汚れ、薄暗い境内の中に不気味な影を落としていた。
智也は、震える心を抑えながら、その狛犬に近づいた。
何か異様な気配を感じ、背筋が寒くなるのを覚えた。

「だめだ、こんなところで遊んでるなんて不吉だよ!」とリーダーの浩二が言ったが、智也の好奇心は止まらなかった。
彼は狛犬の前に座り込み、手を合わせてみた。
「何かお告げをくれ」と、冗談半分で呟いた瞬間、周囲の空気が一変した。

突然、静かだった神社の中に、かすかなざわめきが響き渡った。
それを聞いた瞬間、智也は背後から誰かが近づいてくることを感じた。
振り向いても誰もいない。
仲間たちも不安げな顔をしている。
「やっぱり、何かいるんじゃないか」と浩二が言った。

その夜、智也は何度も夢を見た。
夢の中で、彼は狛犬の真横に立っていた。
そして、彼の目の前には、どこか不気味な影が立っていた。
その影は、無表情で智也を見つめていた。
智也は恐怖に駆られ、後ろに逃げようとしたが、影は彼の動きに合わせて近づいてきた。
夢が醒めると、智也はその印象を完全に忘れたわけではなかった。

数日後、智也は日常生活に戻ったが、影の夢を見るたびに不安が募った。
それから何週間か経ち、友人たちに誘われてまた藤沢神社に行くことになった。
しかし、今回は何かが違った。
狛犬の目が、彼に向けて冷たく光っているように感じたのだ。

その夜、智也は一人で境内に残ることにした。
仲間たちが帰った後、静けさの中で彼は狛犬の前に立ち尽くしていた。
「お告げをくれ」と再び呟くと、その瞬間、風が吹き荒れた。
そして、影が彼の目の前に現れた。
「助けて…」という声が耳に響いた。

智也はその声の主を探し続けた。
彼はまるで影に取り憑かれるかのように、狛犬の周りを彷徨うことになった。
影は彼の周りを巡り、時折彼に囁きかける。
「あなたは私を忘れてはいけない…」その声はどこか懐かしく、同時に彼を恐れさせた。

次の日、智也は学校で友人たちと話している最中、ふとした瞬間に影が脳裏に浮かんだ。
そして、怒りで彼の心が掻き乱される。
「何が必要なんだ、どうすればいいんだ?」と叫んだ。
しかし、答えは返ってこなかった。
やがて彼の心に浮かぶ影は、徐々に彼の日常を侵食していく。

その後、智也は再び神社に戻ることになった。
神社に足を踏み入れると、影はますます彼に迫ってきた。
狛犬が彼を見つめ、その周りに奇妙な静けさが漂っていた。
「忘れないで、私と約束したでしょ」と影が言った。

その瞬間、智也は全てを理解した。
ずっと彼の心の中にいる影。
それは彼の過去の記憶であり、彼が再び思い出さなければならなかった何かであった。
彼は自分を束縛していたものから解放され、影の正体を受け入れることを決意した。

次の日、彼は藤沢神社へと向かい、再び狛犬の前に立った。
「ごめんなさい、私は忘れていました」と彼は叫んだ。
すると影はやがて彼を包み込むように消えていった。
静寂の中、狛犬の目は優しさを持って彼を見守るように光った。

それ以来、智也は影を忘れないことを誓った。
彼は藤沢神社へ時々足を運び、静かに思いを馳せることで影を大切にすると決めた。
影が彼の心の中で少しずつ癒されていくのを感じながら…

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