ある静かな春の夜、林の奥深くにある古びた屋敷の裏に、花が満開の空き地が広がっていた。
その場所は「華の野」と呼ばれ、村の人々からは神聖視されていたが、同時に不気味な噂も絶えなかった。
もしこの場所で花を摘んだ者がいると、二度と帰れなくなるというのだ。
村の若者、健太はその噂を聞いてもまるで信じていなかった。
興味本位で友人と共に華の野に足を運ぶことにした。
夜の帳が降りる中、彼らはピークを迎えた花々が月明かりに照らされ、不気味な光景となっているのを見つけた。
「ここが噂の華の野か…」健太は言った。
その瞬間、友人たちは口々に恐れを訴えたが、健太は笑い飛ばした。
「大丈夫だよ、ただの花だって!」
一人が花を摘むと、その瞬間、周囲の空気が変わったように感じた。
健太も友人たちも気を抜いて笑っていたが、急に風が強まると同時に、どこかから女性の声が聞こえ始めた。
「摘まないで…私を裏切らないで…」
その声は風に乗って耳に届くと同時に、心の底から恐れが湧き上がる。
友人たちは立ち尽くし、誰も動けなかった。
健太はおびえた表情の友人を見つめ、「何が起こってるんだ?」と訊ねた。
「行こう、ここから離れよう!」友人の一人が叫んだ。
彼らは急いでその場を離れようとしたが、空き地からはしばらく見えないが、薄暗い影が彼らを取り囲んでいることに気づいた。
華の野は彼らを取り巻き、逃げ道を塞いでいた。
健太は絶望的な状況を打開するために、再度花を摘むことに決めた。
「ほら、摘めば出られるかもしれない」健太は言って、振り返った。
友人たちは怯えながらついてくる。
直感で何が起ころうとしているのか分かっていながら、彼は何とか恐怖を打ち消そうとした。
取った花を見せながら、「これで華の野を突破できるはずだ」と信じ込もうとしていた。
しかし、その瞬間、再び女性の声が耳に響いた。
「私を取るんじゃない…私の心を砕かないで…」声は悲しみと怒りを含んでいた。
花を摘んだ途端、周囲がぼやけ始め、友人たちの姿が見えなくなってしまった。
黒い影が彼の足元をつかみ、引きずり込んでいく。
「健太!」という叫び声がどこか遠くから聞こえたが、振り切ることはできなかった。
不意に意識は薄れ、彼は目を覚ますと、不気味な屋敷の一室にいた。
無我夢中で目を開けると、前方には薄暗い影の中に立つ「誰か」がいた。
その姿は朽ち果てた花々で覆われた女性だった。
彼女は静かに笑い、「やっと戻ってきたわ。あなた、私を裏切った者…華は戻すことができないの」と言った。
彼女の目は悲しみと恨みで渦巻いていた。
健太は恐怖を感じ、何も言えなかった。
ただ、彼の心に宿る後悔が次第に大きくなっていく。
「あなたの選択が、私の華を枯らした。帰りたいのなら、代償を払うべきよ」彼女の言葉は冷酷に響いた。
後悔と恐怖を胸に抱えながら、健太は彼女の側に立つことしかできなかった。
友人たちのことを思うと、彼の心はますます苦しくなっていく。
その夜、月明かりの中で、華の野の呪いは再び強まり、健太の心にも永遠に刻まれていくこととなった。