「情の木の囚われ人」

若木村には、古くから伝わる「情の木」と呼ばれる神秘的な木があった。
この木は、人々の感情が強くこもるほど、花を咲かせると噂されており、多くの人々が訪れる場所だった。
しかし、この木には悪い噂もあった。
それは、あまりにも強い情が集まりすぎると、悲しみや後悔が具現化してしまうというものだった。

ある日、村に住む青年、陽介は友人たちに誘われて「情の木」を訪れることになった。
彼は普通の一日を過ごしていたが、これまでの恋愛や友人との関係に対する悩みが積もり、心の中に暗い影を抱えていた。
彼はその影を忘れたくて、友人とともに木の下で飲み明かそうと思った。

木の下に着くと、友人たちは楽しげに笑った。
しかし、陽介だけは心の中にある「情」を一層意識せざるを得なかった。
彼は去年に好きだった彼女のことを思い出し、失恋の痛みが胸に迫る。
楽しいはずの時間が、彼の心には重くのしかかった。
そんなとき、彼は木を見上げると、いつの間にか花が咲いているのを見つけた。
その美しい花には、彼の心の内にある思いや願いが映し出されるようだった。

陽介は何を考えているのか、つい口を開いてしまった。
「この木の花は、本当に情がこもったものしか咲かないのかな…」友人たちは笑って「お前の情が足りないから咲かないんじゃね?」と言ったが、陽介の心はさらに重くなった。

その晩、陽介は一人、木の前に戻った。
月明かりの中、情の木は異様に美しく光り輝いていた。
彼は思わず近づき、軽く木に触れてみた。
「お願い、私の気持ちを聞いてほしい。」そう願った瞬間、風が吹き、花びらが舞い降りてきた。
陽介は一瞬、彼女の笑顔を妄想し、心の中にある悲しみや未練が全て消えてしまうのではないかと期待した。

だがその時、不意に周囲の空気が重くなり、木の周りに黒い影が集まり始めた。
陽介は怖くなり、後ずさりした。
しかしその影は、彼の方へ向かってきて、まるで彼の心の暗い部分を探しに来たかのようだった。
その瞬間、陽介は何かを感じた。
彼の中に積もりに積もった情が、姿を現そうとしているのだ。

影が彼の心の奥に潜り込み、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
彼は溢れ出す感情を止められなかった。
友達にも、彼女にも、今まで言えなかった想い。
無限に続く後悔の中、陽介は心の中の苦しみを全て吐き出した。
その瞬間、周囲が静まり返り、情の木はまばゆい光を放った。
驚くことに、花々がまるで陽介の気持ちを吸収するように、新たに咲き誇っていく。

しかし、その代償として、彼はさらなる影を感じた。
何かが彼を見つめている。
急に背筋が凍りつき、彼は振り返った。
すると、そこには彼女の姿をした影が立っていた。
彼の心に巣食っていた後悔の化身。
彼女の表情は、彼に何を思っているのかを問いかけているようだった。

陽介は恐怖で手が震えた。
「もう、触れないでくれ…私を嫌いになってしまったのに…」と叫びながら、彼は手を伸ばそうとしたが、その影は近づくほどに冷たく彼の心を締め付けた。
情と共に生まれた影は、彼の心を削り続けた。

やがて、陽介はその場から逃げ出した。
振り返ると、一瞬だけ見えた影の姿が心に焼き付いた。
「私を忘れてはならない」という言葉のように感じた。
それからというもの、彼はもう「情の木」に近づくことはなかった。

彼の心の中には、その影がいつまでも住み着いていて、未練と後悔の成長を続けていた。
時には思い出し、時にはその影に成長を促される日々が続いた。
若木村の伝説が語り継がれる中、陽介の心の情と影もまた、永遠に彼の内に静かに息づいていた。

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