影の廻る森

原の奥深くにある一本の細い道を歩むと、まるで時間が止まったかのような静寂が広がっていた。
周りは鬱蒼とした木々に囲まれ、日差しがほとんど差し込まない。
そんな場所に、友人たちを誘って遊びに来たのは、吉田直樹だった。

直樹は高校時代からの友人であり、好奇心旺盛な性格だった。
彼はこの場所で過去に起きたという「廻」の怪談を友人たちに語り、その様子を楽しむことを計画していた。
直樹は特に、影のように近づいて来る何者かの話に興味を持っていた。

「この原で、廻り道に入ってしまったら、二度と帰れないって言うだろ?それに、近くで見た影が、自分の影だと思っているのは危険だってさ」と、彼は周囲を見渡しながら言った。

友人たちは最初は笑っていたが、その笑いは次第に不安に変わっていった。
その中には、佐藤美香もいた。
彼女は普段から怖い話に興味があったが、実際の場所でそれを聞くとなると、心拍数が上がってしまった。

「直樹、そんなこと言ってると本当に影が出てくるよ……」と美香は心配そうに言った。
直樹はその言葉を笑って流し、彼女の手を引いて奥へと進んでいった。

その時、風が一瞬強く吹き抜け、何かが跳ねる音がした。
直樹はその音の元に近づき、周りの木々の間に何かが揺れているのを見つけた。
「ここだ、何かいる!」彼は瞬時に興奮し、友人たちもその場に駆け寄った。

しかし、誰もその正体を見ることはできなかった。
ただ、深い森の中から、影のようなものがちらちらと現れたり消えたりしていた。
影は確かに直樹の方に向かって動いてくるように見えた。
彼はその瞬間、身を引くように後退り、表情がこわばった。

「なんだ、あれ?」友人の一人が呟いた。

影の正体を探し続ける直樹は、次第に不安が増してきた。
周りの友人たちの表情も険しくなり、彼らの間に緊張が漂っていた。
「大丈夫、ただの影だよ。俺たちの影さ」と直樹は言ったが、その言葉には説得力がなかった。

まるで影が彼を囁くように、周囲の風が微かに声を送り続けた。
耳を澄ますと、周りの木々が「廻れ、廻れ」と囁いているように聞こえた。
美香はその言葉に身の毛がよだつ思いをし、後ずさりした。

「もう帰ろうよ、直樹。気味が悪いよ」と彼女は言った。

しかし、直樹はさらに奥へと進むことを決意した。
彼はその影に引き寄せられるように、興味が湧いてしまったのだ。
友人たちは彼を引き止めようとしたが、直樹は頑なに拒んだ。
やがて、彼は友人たちから離れ、一人でその影を追いかけていった。

暗闇の中、直樹は影を追ううちに、自分がどこにいるのかわからなくなった。
周りには見覚えのない木々、しかし彼の心の中には「廻る」という言葉が繰り返し響いていた。
影は時折姿を見せ、その度に直樹の心に不安を募らせた。

「行かないで!」と美香の声が遠くから聞こえたが、直樹はもう友人たちの声には耳を傾けられなかった。
その時、急に背後から冷たい風が吹き抜け、彼は思わず振り返った。

そこには、彼と同じ身長、同じ姿をした「影」が立っていた。
それはまるで彼自身の影が具現化したかのようだった。
直樹は恐怖に襲われ、逃げようとしたが、その動きすら邪魔されるように感じた。

「廻れ、廻れ……」影は囁き続ける。
それは彼の心の奥へと直接何かを侵入させようとしているようだった。
直樹は思わず叫んだ。
「僕は帰りたい、帰りたいんだ!」

その瞬間、影は彼を飲み込むように近づいてきた。
彼はそのまま何もかもを忘れ、ただ永遠に廻り続ける影の中に沈んでいった。
友人たちが彼を呼ぶ声は、遠く聞こえるだけで、やがてどこかへ消えてしまった。

やがて、原の深い森には静寂が戻り、ただ風だけが木々を揺らし、「廻れ、廻れ」と囁き続けていた。
直樹の姿は、もうどこにもいなかった。
そして、影は次の獲物を探し続けるのだろう。
人々がその場所に足を踏み入れない限り、影は永遠に廻り続ける運命を持って。

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