学校の教室はいつもと変わらない光景だった。
六年間通い続けた廊下、見慣れた黒板、そして友達との笑い声。
しかし、この日はいつもと違った。
教室の隅、誰も座っていない席に、見えない力が潜んでいるような気配を感じたからだ。
佐藤直樹(なおき)は、放課後の学習塾に向かうため、早めに教室を出ることにした。
その時、友人の田中健太(けんた)が横から声をかけた。
「直樹、最後の一問だけ終わらせて行こうよ!」直樹は渋々、健太の提案に応じて、再び教室に戻った。
静かな教室で、直樹は問題集に向かってペンを走らせた。
その時、背後から何かが擦れる音が聞こえた。
首を振り向くと、誰もいないはずの黒板が、微かに動いていた。
「気のせいか」と思いつつも、直樹は不安な映画が頭の中を渦巻いていた。
「大丈夫、絶対に気のせいだから」と自分に言い聞かせながら、再び問題に集中しようとした。
しかし、耳の奥で微かに聞こえた「ぎしぎし」という音が、その意識をかき乱した。
まるで学校全体が軋むような音だ。
「直樹、どうしたの?」健太が心配そうに直樹の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ」と嘘をついた直樹だが、心の中で不安が広がる一方だった。
その時、教室の蛍光灯が暗くなり、教室全体が薄闇に包まれた。
どこからともなく冷気が流れ込み、思わず二人はお互いを見つめ合った。
「なんだこれ、気持ち悪い」と健太が小声で呟いた。
直樹はその瞬間、教室の隅にあった席に視線を移した。
そこには、いつも見かけるはずの美少女、藤井杏(あん)さんの姿がなかった。
彼女は数日前から学校を休んでいて、誰も理由を知らなかった。
直樹はそのことを思い出し、背筋が寒くなった。
その瞬間、耳元で「助けて…」という声が聞こえた。
驚いた直樹は、目を閉じて耳を塞いだ。
健太も怯えた様子で、ただ立ち尽くすだけだった。
教室の空気が変わり、視界が揺らいでいく。
心臓が大きく高鳴り、直樹は体が硬直していくのを感じた。
「藤井、あなたなの?」直樹の口から思わぬ言葉が漏れた。
彼女の姿は見えないが、確かにその声は彼女のものだった。
声に導かれるように、無意識に直樹は教室の隅へと近づいていった。
「助けて…私のことを忘れないで…」その言葉に直樹は心を動かされ、何かが心の中で崩壊するのを感じた。
教室の壁が壊れ、視界が暗くなり、無限の闇に吸い込まれていく感覚がした。
直樹は目を閉じ、心の中で叫んだ。
「僕は、藤井を助けたい!忘れないから、絶対に!」その瞬間、手のひらに温もりを感じた。
杏さんの存在が、まるで彼を包み込むように感じた。
目を開けると、教室は元の明るさに戻っていた。
健太は驚いた表情で直樹を見つめていた。
「お前、何をやったんだ?」直樹は言葉を失い、ただじっと壁を見る。
すると、教室の壁に「助けて」と文字が現れ、その瞬間、杏さんの姿が一瞬だけ現れ、消えた。
「忘れないで」という言葉が耳元に響いた。
直樹はこれから、彼女の心を救うための道を歩んでいくことを心に決めたのだった。