かつて、天の住む静かな村があった。
村は自然に囲まれ、穏やかな日々が続いていた。
しかし、この村には一つの秘密が隠されていた。
それは、間(ま)と呼ばれる、不思議な現象が発生する場所だった。
村人たちはその場所を避けることが常識になっていた。
間に足を踏み入れた者は、感覚が狂い、自分の存在を見失ってしまうと言われていた。
そして、その現象に触れた人々は次第に忘れ去られ、村の記憶からも消えていくのであった。
天は、その秘密を知らないまま育った普通の青年だった。
彼は村の外に出ることを夢見ていたが、家族の手助けのため、村の農作業に従事していた。
しかし、ある日、天は村の古い地図を見つけ、その上に描かれた不思議なマークに目を奪われた。
それは、間の存在を示しているように思えた。
彼は、不安な気持ちを抱きながらも、その場所を探訪する決意を固めた。
夜が訪れると、天は村を抜け出し、間の存在する場所へ向かった。
月明かりの下、彼は不気味な森を進んでいく。
静寂が支配する中、彼の心臓は高鳴り、不安が募っていった。
しかし、彼の好奇心はその恐怖を押し上げた。
ついに間に辿り着くと、彼はそこに浮かぶ不思議な霧を見た。
その霧の中には、なにかが揺らめいている。
彼は思わずその霧に近づき、息をのみ込んだ。
次の瞬間、視界が歪み、天は異世界に引き込まれてしまった。
彼の目の前には、無数の影が漂っていた。
影は時折、彼の周りを通り過ぎ、まるで彼を見ているかのようだった。
天は身を震わせながら、彼がこの場所で何が起きているのか理解しようとした。
しかし、影たちの間から、何かが彼に囁いた。
「ここから出てはいけない。」その声は冷たく、心に直接響いた。
天は恐怖に駆られ、必死で出口を探した。
しかし、出ることはできなかった。
彼は間に閉じ込められ、日が経つにつれて、自分の存在が薄れていくのを感じていた。
かつての彼を知っている誰も、もはや彼のことを思い出さない。
彼は、滅びゆく存在となっていった。
ある晩、彼はその霧の中で小さな影を見つけた。
影は彼に微笑んでいた。
まるで、彼に寄り添おうとしているかのようだった。
その影は、かつて彼が愛した少女の姿をしていた。
彼女の名前は美咲。
彼女は天のことを愛しており、彼もまた彼女を深く愛していた。
「美咲、どうしてここに…?」天の声は震えていた。
美咲は優しい笑顔で彼に近づき、囁いた。
「私は永遠にここにいる。あなたと一緒にいたいから。」彼女の言葉に、天の心は揺れ動いた。
しかし、滅びゆく運命から逃れることができないことを理解し、彼は苦悩した。
美咲は、彼の心の中にある思いを読み取った。
「このままではあなたは消えてしまう。私が手を貸すから、一緒に出て行こう。」その瞬間、彼は彼女の存在を強く信じた。
しかし、間の魔力が強く、出口は見えなかった。
「違う、私たちはここに留まってはいけない!」と叫ぶ天。
だが、彼女の微笑みは変わらない。
「信じて、あなたは私といる限り、消えることはない。それぞれの心の中で生き続けることができる。」
その言葉に逆らうように、彼は本当にこの場所から出たいという思いを抱き、全力で壁を叩いた。
しかし霧は彼を包み込み、二人は影と化していった。
月明かりの下、痕跡のない場所に二つの影が重なり、静かに揺れている。
村は再び静けさに包まれ、不安を抱えていた日々は、まるで何事もなかったかのように続いていた。
天はその後も、ずっと美咲と共に影として、その風景を見守り続けるのだった。