悠二は、大学の講義を終えた夕方、友人たちとともにキャンパス近くの古びた神社に向かった。
彼らはそこで起こるという不気味な現象を聞きつけ、好奇心から肝試しを決行することにした。
神社には、「月の間」なる言い伝えがあり、その場所で何かしらの不思議な現象が起こるという。
しかし、詳しいことはわからなかった。
ただ「憶えている者のみがその真実に触れる」という先輩の言葉が、彼の記憶に残っていた。
神社に到着した一行は、月明かりに照らされた境内を見渡した。
古い木々が立ち並び、静まり返った空気が漂い、不気味さを引き立てていた。
悠二はその場に立ち尽くし、皆が集まっている小さな祠を見つめた。
祠には、かつての神社の祭りに関する古い絵が描かれた紙が貼られていた。
それを見ると、彼は何かを思い出した。
「憶えている者」とは、もしかしたらこの祭りに参加したことがある者のことを指しているのかもしれない。
友人たちが興奮している中、悠二はどこか引っかかるものがあった。
彼の心の奥には、ただの好奇心を超えた何かが眠っていた。
「月の間とは何なのか、ということを確かめなければ」と思うと、彼はその不安を抱えたまま、向こうにある月の間へ足を向けた。
月の間は、神社の奥にひっそりと佇んでいた。
彼は何かを感じ取るべく、ゆっくりと近づいていく。
周りの友人たちがキャッキャと騒ぐ声が遠くなり、心の中には静寂が広がった。
彼が目を凝らすと、そこには不思議な光が漂っているように見えた。
それは、月の光を受けて青白く光る、まるで別の世界へと通じる道のようだった。
悠二はその光に引き寄せられるように、一歩踏み出した。
しかし、その瞬間、月夜の静けさを破るような耳鳴りが響き渡った。
驚いた彼はすぐさま後退したが、体が硬直してしまった。
まるで時間が止まったような、奇妙な感覚が彼を包み込んだ。
その時、彼の目の前に現れたのは、一人の少女だった。
彼女は優しい顔をしながらも、どこか悲しそうに見えた。
悠二はその少女に、声をかけることができなかった。
「私はここで待っているの」と彼女は静かに言った。
「みんな、私を忘れてしまった。私を助けてほしい…」
彼女の存在は、悠二の心に響いた。
何か大切な記憶が彼の中に渦巻いている気がした。
しかし、思い出せない。
その時、彼の脳裏に浮かんだのは、小さな頃に母に聞いた伝説だった。
その伝説に登場する少女は、祭りの時に村人に忘れられ、月の間に閉じ込められたという。
瞬間、悠二の頭の中は、様々な思い出で埋め尽くされた。
彼は自分がかつて、親しい人々と一緒にいたこと、自分の大切な記憶を失っていたことに気付いた。
彼はこの少女の存在が、自分自身の記憶を取り戻すためのカギであることに思い至った。
「私が必ずあなたを解放する。忘れないよ」と言った。
彼は決意を固め、少女に近づいていった。
彼女の手を取り、心の中で彼女の叫びを感じた。
「私を忘れないで。私を解放して」と彼女の声は次第に強くなった。
悠二はその思いを胸に刻み、彼女の記憶を受け取ることにした。
月の光が強まり、悠二の周りに満ちていく。
目の前の少女が微笑み、悠二の手を握り返した。
彼はその瞬間、彼女の悲しみが彼の中に流れ込んできた。
子供のころのこと、友達との楽しんだ日々、そして忘れ去られた記憶が、まるで水の中の泡となって浮かび上がってくるようだった。
悠二は目を開けると、もう一度彼女を見つめた。
少女の表情は穏やかになり、「ありがとう」と彼に言った。
その瞬間、彼女は光の中に消えていった。
そして、悠二は自分自身の心の奥に秘められた懐かしい思い出と共に、月の間を後にするのであった。