天は静かな夜、街の喧騒から離れた帯の古い町を歩いていた。
彼女は、幼い頃から何度も訪れた街だが、最近はその懐かしさを感じることが少なくなっていた。
今、彼女が訪れたのは亡き祖母が住んでいた家だ。
家は無人となり、すっかり荒れ果てていた。
だが、何か気になるものが残っているのではないかと、彼女はその思いを抱いていた。
天は懐かしい面影を求め、意を決して家の扉を押し開けた。
中は薄暗く、空気は冷たく、何か不気味さを感じさせた。
彼女は家の中をゆっくりと歩き回り、学生時代に遊んだ庭や、居間の古びたソファ、そして台所へと進んだ。
心の中に浮かんでは消えていく、祖母との穏やかな思い出が彼女を包む。
だが、次第にその感傷的な雰囲気は変わり始めた。
何かの気配を感じ、背筋が冷たくなる。
恐怖は少しずつ彼女の心に忍び寄り、彼女を不安に陥れた。
ふと、彼女は台所の隅にある古い食器棚が目を引く。
引き出しを開けると、中には懐かしい皿やカトラリーがぎっしり詰まっていた。
その瞬間、何かの声が聞こえた。
「天……」と低く、柔らかな声。
彼女の身体は思わず動きを止めた。
周りには誰もいないのに、その声はしっかりと耳に届いていた。
とっさにその声を発した者を探し回るが、誰もいなかった。
不安にかられながら庭に出ると、そこに佇んでいたのは、少女の姿をした幽霊だった。
白い着物をまとい、薄暗い影のような存在で、彼女の目には寂しげな表情が浮かんでいる。
「助けて……」少女は言った。
「私を見つけて、消えてしまわないように…」
この少女は、彼女の幼少期、祖母の横で遊んでいた友達だった。
しかし、ある日、少女は失踪し、天の記憶からも薄れていった。
少女の存在を見失ったことは、天にとって罪のようだった。
彼女は友達を見捨ててしまったのだ。
「ごめんなさい、私が気づけば…」天は涙ぐみながら言った。
少女は微笑んだ。
「ずっと待っていたのよ。私のことを忘れないで欲しかった。でも、みんなが私を忘れてしまったから、私もこの世界から消えそうになっているの…」
天はその言葉を聞いて思わず叫んだ。
「私は忘れない、あなたのことを!」
しかし、少女は苦しそうに首を振った。
「でも、あなたが私を思い出さなければ、私は消えてしまうの。あなたの記憶から私が消えることが、私の存在そのものを消すことになるの…」
彼女は恐怖と罪悪感を抱え、心が締め付けられる思いをした。
自分の心の中に閉じ込めていた悲しみがあふれてくる。
天は自分の思いをつなぎ止めるために、声を振り絞った。
「私はあなたのことを絶対に忘れない!あなたは、私の大切な友達だから!」
少女の顔が一瞬明るくなった。
「私を忘れないでいてくれるの?それなら、私は消えなくてすむかもしれない…」
天は彼女の手をしっかりと握りしめた。
紡がれる思い出が彼女を包み、彼女自身をも満たしていく。
どんなに影が迫り、恐れが彼女を覆おうとも、天はその瞬間、一緒にいた友達を決して忘れないと誓った。
義は心の内に宿ることができると信じて。
その瞬間、家の中に温かい光が差し込んだ。
彼女はその光の中で少女の存在を感じ、徐々に彼女の姿が明るく輝いていくのを見た。
声は少しずつ遠くに消え、少女は最後に微笑んで言った。
「ありがとう、天。あなたが私を忘れない限り、私は消えないから。」
静寂が戻る中、天は再び一歩踏み出した。
彼女の心には、大切な友達との絆がしっかりと結びついていた。
過去の記憶を受け入れ、そして守ることができた彼女は、光を求めて新たな道を歩き始めた。