「嘘の館の微笑み」

冬のある晩、佐藤は友人の誘いで古びた館を訪れた。
この館は地元では「嘘の館」として知られ、そこに入った者は必ず偽りの姿を見せられると言われていた。
佐藤は、ただの噂だろうと軽く考え、興味本位でその場に足を運んだ。

館は薄暗く、古びた木造の廊下が延びていた。
壁にはさまざまな絵画が飾られており、その中には人々の笑顔が映し出されているが、目を引くのはどこか不気味な雰囲気が漂うものばかりだった。
友人の山田は「ここに入った瞬間、誰かの偽りの姿が見えるらしい」と言ったが、佐藤は信じていなかった。

廊下を進むと、いつの間にか別の扉が現れた。
ドアノブを回すと、軋む音を立てて開き、目の前には広く優雅な応接室が広がっていた。
壁一面には家族の肖像画が掛けられ、どの絵も微笑みを浮かべている。
しかし、その絵の目がどこか生きているように動いているのが気になった。

佐藤がひとり、絵を見つめると、突然、誰かの声が耳元で囁いた。
「お前も、ここで楽しい時間を過ごせるよ。」振り返ったが、誰もいない。
ただ、温かい手が背中を押されたような感覚がした。
怖さを感じるより、好奇心が勝る。

「楽しい時間…?」

気がつくと、彼の隣に若い女性が立っていた。
彼女は美しい笑顔を浮かべ、優雅なドレスを着ていて、どこか懐かしさを感じさせる。
しかし、その笑顔の奥には何かが潜んでいた。
佐藤は思わず目を逸らし、また応接室の肖像画に目を戻す。
すると、その家族の顔が次第に歪んで見えた。

「どうしたの?私たちと一緒に楽しもうよ」と女性は再び声をかける。
佐藤は嫌な予感がしてきたが、言葉に惹かれている自分もいた。
「まぁ、少しだけなら…」彼はついそう言ってしまった。

その瞬間、廊下の灯りが揺らぎ、暗闇が迫ってきた。
女性の笑顔が急に消え、彼女は不気味なものに変わっていき、顔が崩れていく彫刻のようだった。
「偽りは楽しいだろう?」彼女が語る声は、次第に多くの声に混ざり合い、佐藤の耳に響いた。

急に、絵が動き出し、肖像画の中から人々が次々に現れてきた。
皆、同じような笑顔を浮かべながら、彼の背後をうろついていた。
佐藤は恐怖に駆られ、逃げようとしたが、廊下はどこまでも続いており、どの扉も開かなかった。
目の前にあるのは、彼が逃げようとすればするほど、嫌な笑顔を向けてくる者たちばかりだった。

「お前も、ここでずっと遊ぼうよ」と言われ、佐藤は自分の身体が動かなくなっていくのを感じた。
恐怖が全身を支配し、彼は血の気が引いていくのがわかった。
「お願い、やめてくれ!」と叫ぶが、その声も混ざり合い、館全体が彼を飲み込んでしまった。

やがて、外にいる友人たちが館のドアを叩く音が聞こえた。
佐藤は耳元に響く声を無視し、必死で出口を探そうとした。
しかし、どの選択肢も嘘のように彼を欺き、ただ偽りの世界へと導かれていく。

館の奥深くに閉じ込められた佐藤は、自分が何者なのか、それを理解することすらできなくなっていた。
たった一度の好奇心から、彼の人生は永遠に偽りの中で過ごすことになってしまった。
外の光が失われ、彼の声も次第に絵の中で微笑む者たちの声にナントカされ、永遠にこの館に閉じ込められる運命となったのだった。

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