「囚われた校舎の声」

ある冬の寒い日のこと、高校の古びた校舎で、存(ぞん)という名の生徒が、特に気になる噂を耳にすることになった。
それは、毎年この時期になると、夜の校舎で聞こえる「声」の話だった。
誰かが叱られているような、大きな怒鳴り声。
初めは都市伝説だと思っていた存だが、ある夜、興味に駆られて校舎に残ることを決意した。

夜が深まり、他の生徒たちは帰宅し、校舎は静寂に包まれていた。
存は、薄暗い廊下を進みながら、噂の真相を確かめようと心の中で決意を固めた。
いつもとは違う静けさに戸惑いながらも、彼女は進み続けた。
廊下の先には、長い影を落とす教室のドアが見えていた。

教室の中は、何の音もなく澄んだ空気が漂っている。
その静けさに包まれた瞬間、廊下の向こうから微かな声が聞こえてきた。
「り…待って…」それは、誰かの声だった。
存は心臓が高鳴るのを感じながら、声のする方向に向かって進んでいった。

その声は、一度聞いたら忘れられないほど切羽詰まった調子で、まるで誰かが助けを求めているかのように聞こえた。
しかし、周囲に誰もいないことから、存は恐怖を感じ始めた。
それでも、好奇心に駆られて教室のドアをそっと開けてみた。

教室の中に入ると、そこは何も変わらない教室だった。
机やイスが整然と並んでいて、黒板には残された書き跡が目に入る。
何も起こらないことを期待しながら、存は短く深呼吸をした。
しかし、その瞬間、再び声が聞こえた。
「り…こっちに来て…」

驚きと恐怖の中、存は後ろを振り返ったが、やはり誰もいなかった。
彼女は思わず身を縮めて、万が一誰かが隠れているのではないかと教室を見渡した。
すると、ふいに机の上に置かれていた教科書のページが、一枚、また一枚とめくれ始めた。
その現象に目を奪われる存。

「り…目を閉じて…」その声は、耳元でささやくように続いた。
存は恐怖で動けずにいたが、声に導かれるように目を閉じた。
何が起こるのかわからないまま、彼女はその声に従うことにした。
目を閉じると、周囲の音が不気味に消え、心臓の鼓動だけが響く空間に変わった。

不意に、彼女の目の前に映し出された光景。
暗い校舎の中で、見えない何かが彼女を見つめている気配を強く感じた。
声がさらに近づいてきて、耳元でささやく。
「まだ私を…忘れないで…」その言葉は、存の心に輪廻のように響き渡った。

存は恐怖心と共に、何かが自分を求めていることを感じ取った。
「この声は、もしかして…」過去にこの校舎で、事故に遭った生徒の霊なのだろうか。
思わず目を開けると、教室の中には誰もいない。
しかし、何かが彼女を取り囲んでいる気がしてならなかった。

その時、廊下の方から再び声が聞こえた。
「り…助けて…」その声には、切実な訴えが込められており、存は何かを理解した気がした。
彼女は、この学校に残された未練の重荷を背負っているのだ。

迷った末、存は教室を出ることにした。
声の主が誰であったとしても、彼女にはどうすることもできなかったからだ。
しかし、その声は奥底から彼女の心に響き続け、決して忘れることはできない。

校舎を離れた瞬間、背後から聞こえる声が再び彼女を呼ぶ。
「ずっと…待っているから…」その声が廊下にエコーするように響く中、存は振り返らずに校舎から離れていった。

その日、存は二度と夜の校舎には近づかなかったが、耳元にかすかに残る声が忘れられなかった。
「助けて…。まだ、ここにいるから…」彼女の心の奥深くに、その声が刻まれていた。

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