「舞台の影」

東京のとある小さな劇場では、毎年恒例の演劇祭が行われていた。
その年の参加作品は、古びた日本の民話を基にしたものだった。
主演の美咲は役作りに意欲を燃やし、毎日のようにリハーサルを重ねていた。
しかし、彼女は知らなかった。
この劇場には、長年、何人もの役者たちが消えていったという恐ろしい噂があることを。

演劇祭の初日、美咲は舞台に立っていた。
夜深く、観客はざわめきながら彼女の演技を見守っている。
彼女は生き生きとした表情で台詞を交わし、物語の中に入り込んでいった。
しかし、舞台の幕が下りた後、何かが変わり始める。
公演期間中、彼女は毎晩、悪夢にうなされるようになっていた。
目を閉じると、何か不気味な影が彼女を見つめる感覚がして、身動きが取れなくなる。

次第に、美咲は舞台に立つことが怖くなってしまった。
彼女の不安が募る中、ある晩、彼女は舞台の上で心の声を叫ぼうとした。
しかし、そこで彼女は異変に気づく。
彼女の背後に何かが立っている。
恐る恐る振り返ると、そこにはかつてこの劇場で亡くなったという役者、藤井の幽霊が佇んでいた。
彼は美咲に向かって静かに微笑み、その後、指を舞台の床に向けた。

美咲は一瞬、何が起こっているか理解できなかった。
警戒心を抱きつつも、彼女は藤井を無視することができず、彼の指の先を追ってみる。
すると、舞台の床に、かすかに光る何かが見えた。
それは小さな算盤だった。
まるで藤井が伝えたかったかのように、自然に美咲はその算盤を手に取ってしまった。

曰く、算盤を使えば誰でも結果を出すことができる。
しかし、算盤には代償が伴うと言われている。
美咲はそのことを知りながら、もう一度、舞台に立ちたいという欲望に駆られた。
彼女は算盤を持って帰り、その日以来、毎日稽古を重ねていった。

舞台の上での美咲の演技は、日に日に磨かれていく。
しかし、リハーサルを重ねるうちに、彼女の周囲には不気味な現象が増えていった。
仲間の役者たちが次々と異常な事故に見舞われ、怪我をするようになった。
そして、奇妙なことに、美咲が演じるシーンでは、必ず何かしらのアクシデントが起こる。

彼女の精神的な負担はどんどん大きくなり、次第に自らの演技に対する恐れが増していった。
「また、あの影が出てくるかもしれない」と思うと、心臓は高鳴り、舞台に立つことがさらに怖くなった。
しかし、藤井の幽霊は常に彼女を見守り、美咲に無言の励ましを送っていた。

ついに迎えた演劇祭の最終日、美咲は舞台に立った。
観客からの視線が集中し、彼女は身震いするような感覚を覚えた。
しかし、一歩一歩、算盤の力を信じて演技を続けることにした。
その瞬間、彼女は異常な感覚が再び背後に迫っているのを感じた。

公演が進む中、ついに美咲は藤井の影と向き合うことになった。
次の台詞を言う直前、彼女の左手は算盤に触れた。
そして、不意に答えが算盤を通して彼女の脳裏に浮かんだ。
だが、その瞬間、辺りは静まり返り、舞台の空気が不穏なものに変わっていった。

その直後、観客の中で悲鳴が上がり、女性が倒れる。
誰もが驚いたが、美咲は恐怖に捕われ、算盤の力を持って何とか最後まで演じようとした。
しかし、その瞬間、藤井の存在が彼女を包み込み、彼女の耳にささやくように告げた。
「逃げたほうがいい…」

美咲はその言葉に反応し、すぐに舞台を飛び降りて逃げ出すことにした。
しかし、彼女の心には強烈な後悔が残った。
自身の演技や選択がもたらした結果に対する愧疚と恐怖が、彼女の心を苦しめた。

その後、劇場の舞台はしばらく使われることはなく、誰もが恐れ入るがごとく、美咲の姿も消えてしまった。
彼女の影響を受けつつも、伝説として語られる多くの役者たちの物語は、今でもこの場所に潜む何かが彼らを待ち受けているのかもしれない。

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