ある静かな町にある古い停車場。
この停車場は長い間使われておらず、駅舎は朽ち果て、レールは錆びついていた。
周囲には草が生い茂り、誰も足を踏み入れない場所だった。
しかし、その停車場には少しだけ伝説があった。
夜遅くに列車が通るという噂だ。
あまり信じている人はいなかったが、ある日、若い女性の名は由美。
彼女は都会から帰省してきた友人に誘われ、停車場に足を運ぶことにした。
由美は少し好奇心を持っていたが、どこか心の奥では不安を感じていた。
「本当に列車が通ると思う?」友人の一人、裕司が言った。
「どうだろう。もし来たら、乗り込んじゃおうよ!」と由美は冗談めかして返した。
彼女は仲間たちと共に、風に揺れる草を踏みしめながら、古びた停車場にたどり着いた。
停車場には、夜の闇が迫りつつあった。
薄暗い中、仲間たちは笑い声をあげながら話し続けていたが、由美はふとした瞬間、背後に冷たい気配を感じた。
恐怖心はその瞬間から始まった。
振り向くと、誰もいない。
仲間たちは、彼女の心の動きを察することなく楽しんでいた。
時間が経過するにつれて、夜はより一層深まった。
その時、由美の耳に不気味な音が響いてきた。
遠くから聞こえる蒸気機関車の音。
彼女の心臓は早鐘のように打ち始め、思わず仲間たちに声をかけた。
「ねえ、みんな、聞こえた?」
しかし、友人たちは無関心だった。
「ただの風だよ、気にするな!」
由美はその言葉をかき消すように、耳を澄ませた。
音は次第に近づいてきており、まるで彼女を呼んでいるかのようだった。
その瞬間、彼女は腹の底から恐怖が湧き上がってくるのを感じた。
何かが、彼女を引き寄せようとしている。
「ちょっと見に行こう」と由美は独り言をつぶやいた。
彼女は無意識に足を動かし、音のする方へ進む。
仲間たちは背後で笑っているが、由美の心は恐怖で動揺していた。
彼女は停車場の先にある古いレールの方に歩み寄った。
その時、薄暗い空に、遠くから一筋の光が見えた。
由美は目を凝らす。
その光は徐々に大きくなり、蒸気機関車の姿が浮かび上がった。
だが、その車両には乗客の姿がなかった。
滑らかな金属の表面が、どこか不気味に光っている。
「ほら、みんな、列車が来るよ!」由美は恐る恐る叫んだ。
だが、友人たちの反応は薄く、まるで彼女の叫びを無視されているかのようだった。
列車が近づくにつれて、由美は不安を感じ、その場から逃げ出したくなった。
しかし、足はまるで地面に根が生えてしまったかのように動かない。
どこか心の奥で、その列車が彼女を求めているのを感じた。
「由美…」
その声は、彼女の名前を呼ぶどこか懐かしい響きがあった。
由美は、戦慄しながらも声の供給源を見つけようとした。
しかし、目の前にはただ、蒸気機関車の車両だけが残っていた。
「私を乗せなさい…」
その声は、まるで彼女の心の中に響きわたるかのようだった。
由美は恐怖に押しつぶされそうになり、必死に「行かない!」と叫んだ。
その瞬間、彼女の視界には、無数の顔が車両の窓から覗いていた。
どの顔も悲しそうで、苦しそうで、まるで自分の心の深いところから失われたものを求めているようだった。
「助けて欲しい…ここから出して!」
由美はその言葉に胸を締め付けられ、我に返った。
しかし、彼女はすでに足元に根を下ろされてしまっていた。
恐怖と興奮の中で彼女の意識は遠のいていく。
その夜、彼女は戻ることができなくなった。
友人たちはその後も停車場に残り続けたが、由美の姿はどこにも見当たらなかった。
伝説のように、その停車場から姿を消したのだ。
彼女の叫びや懇願は、夜の闇に消え、誰もその声に気づくことはなかった。
停車場は今でも静まり返り、誰も近づこうとはしない。
人々の記憶の中から、由美は失われていったのである。
彼女の名は、ただの伝説として語られるだけとなった。