「悪霊の囁き」

村の名は長尾村。
深い山々に囲まれたこの村には、古くから語り継がれる不気味な伝説があった。
その伝説によれば、村の守り神として崇められた霊が、かつて人々から裏切られ、怒りに満ちた悪霊へと変貌したという。
以後、村では「悪霊の夜」と呼ばれる日が訪れると、誰もがその存在を恐れ、外には出ないことが掟とされていた。

佐藤大輔は、若手の声優を目指して上京していたが、ここ数週間の間に村から聞こえる不穏な噂に心を惹かれ、思わず帰省することに決めた。
村の中には、かつての仲間たちもいて、久しぶりの再会に胸が高鳴った。
しかし、大輔の頭にあったのは、少しでもこの伝説との関わりを感じたいという好奇心だった。

村に戻ったその夜、仲間たちと焚き火を囲みながら、彼らの一人である中村が突然、悪霊の噂を語り始めた。
「知ってるか、最近また悪霊の現象が起きているんだ。この間、村の外れに住むおばあさんが、夜に誰かに呼ばれる夢を見たと言っていた。次の日、彼女は行方不明になったんだ…」

仲間たちは一斉に身震いし、薄暗い夜に包まれた村の恐ろしさを再確認した。
しかし大輔は、その話を聞きながらも興味が湧いてきた。
「悪霊の影響が本当にあるなら、どんなものなのか確かめてみたい」と、その思念が彼の心に浮かんでいた。

翌日、大輔は村の旧家を訪れることにした。
そこで出会ったのは、村の年寄りである田中さんだった。
彼は大輔の目的を察したのか、眉をひそめた。
「若い者が悪霊に興味を持っても、良いことはないぞ。かつて、私たちの先祖が悪霊を侮ったせいで、何人もの命が奪われたんだから…」

大輔は田中の忠告を耳に入れたが、その胸の内には、さらに深く掘り下げたいという思いが渦巻いていた。
「悪霊が実在するなら、この目で確かめたい。」そう思い、夜になった村の入り口へと向かうことにした。
先祖たちが恐れた場所、まさに「悪霊の夜」を。

月明かりの下、薄暗い道を進むうちに、やがて不気味な静寂に包まれた。
彼の心臓の音が耳元で響き、不安が全身を支配していく。
しかし、好奇心には勝てなかった。
「もし、悪霊が実在するのなら、私が目撃してやる。」そう思いながら、道をさらに進んだ。

すると、突然、背後から声が聞こえた。
「大輔、一緒に来い…」その声はどこか懐かしく、そして恐ろしい。
この声は…友人たちのものだった。
しかし、それは夢の中にしか存在しない声であり、彼は恐怖で足がすくんだ。

「やめろ、近づくな!」と大輔は叫んだ。
しかし、声はどんどん近づき、彼の意志とは裏腹に体が動かされていった。
その時、彼の目の前に現れたのは、かつての友人、中村の姿だった。
彼は、失ったはずの笑顔を浮かべていた。

「これが悪霊のせいだ。美しさを見せつけ、迷わせ、そして人々を取り込む。いいか、大輔、私と共に来い。」中村が言った瞬間、その目はぞっとするほど空虚なものであった。
大輔は理解した。
中村はもう、人間ではなくなっていたのだ。

「お前はもう、悪になってしまったのか…」彼は絶望を感じつつ、逃げるように後退した。
しかし悪霊の影は、次々と仲間たちの姿を借りて現れた。
彼らは彼を笑い、舞い踊るように追いかけた。
「一緒に来い、悪霊は我々にとっての解放だ!」その言葉が耳に残る。

逃げるが、虫の知らせが背中を刺す。
彼は必死で村へと戻ろうとする。
しかし、道は分かれ、彼はいつの間にか見知らぬ場所に立っていた。
空が暗くなり、悪霊の影が迫ってきた。
仲間たちの声が、周囲を包み込む。

「俺たちに、戻れない者の仲間になれ!」彼の心は破裂しそうになり、彼は再び絶望の淵に立たされていた。
悪霊の力の象徴であった「美しさ」は、実は彼の心を乗っ取る悪だったのだ。

大輔は、その瞬間、自らの選択を思い知る。
根元から崩れ去った村の地に、深く息を吐き出し、彼は絶望に満ちた状況から逃げ出すことを誓った。
彼は心のどこかで、もう二度と村には戻らないことを決意した。
悪霊がただの噂ではないことを、身を以て知ることになったのだった。

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