深夜の静寂に包まれた古びた庫。
軋む扉を開けると、そこには何年も手つかずの状態で置かれた物品が所狭しと並んでいた。
薄暗い光の中、埃をかぶった家具や壊れた玩具、忘れ去られた記憶が静かに息づいているようだった。
庫の主、その名は吸。
普段は温和で物静かな男であるが、彼の目にはどこか影を感じることがあった。
深い思索に耽っているような様子が、周囲の人々の不安を掻き立てていた。
町の人々は、彼が何を考えているのか、あるいは誰と向き合っているのかを常に気にしていた。
そんなある夜、吸は庫の中で、何か不思議な響きを感じた。
音の正体は明確でなかったが、どこか懐かしく、心の奥に響くような感覚を呼び覚ますものだった。
思わずその方向へ足を運ぶと、影のような何かがひらひらと動いているのを見つけた。
「あなたは誰?」吸が声をかけると、その影はゆっくりと形を成していった。
そこに現れたのは、一人の少女の姿であった。
彼女の目はまるで深い湖の底のように静かで、そこに何か清らかなものが宿っているかのようだった。
「私は、あなたの中に宿る思い出」と少女は言った。
続けて、彼女は吸の心の奥底で眠る意識に触れ、彼の過去の記憶を掘り起こしていく。
少女の存在に引き寄せられ、吸は自らの過去を反芻した。
彼がまだ子供だった頃、彼の家族は温かい笑い声と共に、幸福な日々を過ごしていた。
しかし、ある日、突然の事故で両親を失い、彼は孤独の影に包まれてしまった。
少女の微笑みはその痛みを理解し、吸の心に触れ、その清らかさが彼の傷を癒そうとしているようだった。
「それでも、あなたは生き続けている。なぜ、そんなに心を閉ざしているの?」少女は問いかける。
吸はその問いに答えられなかった。
両親の死以来、彼は自らの痛みを他者に見せないよう、ずっと強がっていたのだ。
彼の心には、かつての清らかな思い出が虚空に漂っていた。
それは、失われた温もりを忘れさせないために抱え続けていた、どこか重苦しい影でもあった。
少女は優しい手で吸の頬に触れ、その瞬間、過去の思い出が一気に彼の脳裏に浮かび上がった。
笑い合っていた両親の顔、共に遊び、共に笑った日々。
しかしそれは一瞬の出来事で、すぐに痛みと共に消えてしまった。
吸は涙を流し、自身の無力さを痛感した。
「忘れないで。辛いことも、悲しいことも、全てがあなたの一部。それこそが、あなたを強くするのだから」と少女は静かに語りかける。
吸はその言葉に心を打たれた。
彼は少しずつ心の中から影を取り除くことができると思えた。
生き続けることで、両親もまた彼の一部となるのだと。
その瞬間、少女は静かに微笑み、吸の中に消えていった。
彼の心の奥に温かい光が満ち、忘れていた清らかな感情が蘇った。
吸は、もう一度生きることを選択した。
影に怯えることなく、両親の記憶を抱きしめようと決心したのだ。
深夜の庫は静まり返り、吸は一歩ずつ新たな未来へと進んでいく。
その影が消えた瞬間、彼の心には希望が宿っていた。