「線路の向こうの待ち人」

深い森の奥にある、古びた線路。
その線路は、かつては人々の暮らしを支えていたが、今ではすっかり忘れ去られてしまっていた。
周囲には木々が生い茂り、静寂な空気が漂っている。
そんな場所に、ひとりの少年、健太が訪れてきた。
彼は廃れた線路を探しながら、変わった出来事を求めていた。

それは、友人から聞いた噂から始まった。
「あの線路には、夜になると幽霊が出る」というものだ。
健太はその話を真剣には受け取っていなかったが、好奇心に駆られ、この日、夕方に線路を訪れたのだ。
夕暮れの光に照らされた線路は、どこか幻想的で美しい。
しかし、彼の心には恐れがチラついていた。

線路の片隅には、朽ち果てた電車の車両が残っていた。
その車両は、まるで人々の思い出がこびりついているかのように、不気味に佇んでいた。
健太は近づいてみたくなり、電車の中に足を踏み入れた。
中は暗く、照明もないため、真っ暗だった。
しかし、その瞬間、彼の目の前に「リ」と名乗る少女が現れた。

「リ」と名乗った彼女は、健太と同じぐらいの年齢で、長い黒髪を持つ美しい少女だった。
しかし、彼女の表情はどこか寂しげで、目には悲しみが宿っていた。
彼女は「私、ここでずっと待っていたの」と語りかけた。

「待ってたって…誰を?」健太は戸惑いながら尋ねた。

「線路の向こうに行った、友達を。その友達はもう帰れないの」リは淡々と語る。
健太は彼女の言葉の重さに圧倒され、気持ちが沈んでいくのを感じた。
彼は彼女に何が起きたのか尋ねると、リは線路の事故について語り始めた。

数年前、リは友人たちと一緒に線路で遊んでいたが、急に悪天候に見舞われ、列車が来た。
彼女は友達を助けることができず、彼らは線路の下で帰らぬ人となったのだという。
以来、リはその線路の先にいる友達を待ち続け、今もその場に留まっているのだった。

「私も、この線路の一部になってしまったのかもしれない」と、彼女は涙を流しながら続けた。

その言葉を聞いて、健太は不思議な怖さを感じた。
彼は彼女を助けたい気持ちと、逃げ出したい気持ちが交錯した。
「リ、何か私にできることはない?」健太は勇気を振り絞って尋ねた。
すると彼女は微笑み、「私を忘れないで、そして友達を思い出して」と告げた。

その瞬間、周囲が一瞬静止したように感じられた。
健太は、自分の心の中に深い空洞ができたような感覚に襲われた。
しかし、彼はその空洞を埋めるようにとリの言葉を心に刻む。

健太はその後、彼女の話を胸に抱きしめて、電車の中から線路を後にした。
線路の向こうには、健太がどうしても忘れられない「リ」と彼女の友達の影が見えた。
彼が去ってから、リの姿はゆっくりと消えていったが、線路にはまだ彼女の存在がしっかりと刻み込まれているようだった。

健太はもう、あの不気味な線路には戻れない。
しかし彼は、その思い出を忘れずに生き続け、その故事を語り継いでいくことを決意した。
人は忘れてしまうけれど、あの線路と少女のことを、彼の心の中に永遠に留めておくために。

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