北の大地、深い森の奥に、一軒の古びた小屋がひっそりと佇んでいた。
その小屋は、村人たちのあいだで“魂を呼ぶ場所”と恐れられていた。
ここを訪れる者は、急激な運命の変化を遂げたり、時には行方不明になってしまうことが多かったからだ。
ある春の日、大学生の健太は友人の悠斗とともに、森でのキャンプを決めた。
彼らは冒険を求めて、この忌まわしい小屋に興味を抱いた。
小屋の存在は知っていたが、実際に足を運ぶ勇気はなかった。
しかし、好奇心と自分たちの運を試す気持ちが勝り、一歩踏み出すことにした。
小屋への道は、木々が生い茂り、薄暗いトンネルのようだった。
森の中は静寂に包まれ、木の葉が揺れる音さえ聞こえない。
健太と悠斗は、胸の高鳴りを抑えながら、無言で小屋へと近づいていった。
その瞬間、突如として冷たい風が吹き抜け、二人は思わず身体を震わせた。
小屋の扉は錆びつき、力を入れても開かなかったが、健太が思い切って蹴飛ばすと、ギギッと音を立てて開いた。
中に入ると、薄暗い室内に古い家具や埃だらけの道具が散乱していた。
窓のない小屋からは、外の光が一切差し込まらず、異様な空気が漂っていた。
「これ、ただの廃屋じゃないか」と悠斗が言った。
しかし、健太は奥にある祭壇のようなものに目が留まった。
祭壇には、亡くなった者の写真や、色とりどりの花が供えられており、まるで人々がその場に魂を呼び寄せているかのように見えた。
「お祈りする?」悠斗が冗談混じりで提案したが、健太は真面目な顔で「試してみよう」と言った。
彼は祭壇の前に立ち、「誰か、私たちに話しかけてください」と声をかけた。
悠斗は苦笑いをみせたが、心の奥底では興味が刺激されていた。
その瞬間、祭壇からひんやりとした空気が町い、耳元で「助けて」と囁く声が聞こえた。
驚いた二人は顔を見合わせた。
誰かの魂が、この場所で助けを求めているのだろうか。
興味本位で続けることが果たして正しいのか、徐々に不安が募り始めた。
健太は意を決して、さらに問いかけた。
「どうすれば助けられますか?」すると、その声はまるで呼吸をするようなリズムで続けた。
「私をここから出してほしい…あなたの身体を分けて…」
その言葉に二人は冷や汗をかいた。
「まさか、身代わりを求めているのか?」悠斗が恐れを抱きながら言った。
次の瞬間、周囲の空間がゆがみ始め、どこからともなく不気味な影が立ち現れた。
「私を解放して。」影は人の形をしているが、どこか不吉な雰囲気が漂っていた。
恐怖で動けなくなった二人をよそに、その影は徐々に接近してくる。
健太は心の中で何かが破裂しそうな思いを抱え、悠斗とともに外に逃げ出そうとした。
しかし、影は彼らの動きを封じ込めるかのように肉体を絡めとる。
「私の魂が必要だ。」その声は、まるで背後で謳われるようで、逃げることすら許されないように感じられた。
安心が消え、不安が再び彼らを取り囲む。
ついに健太は堪えきれずに叫んだ。
「これ以上は無理だ、お願い、止めてくれ!」
その言葉を聞くと、影はぴたりと止まり、静かに微笑んだ。
健太の身体の中から、重たい意識が抜け出していく感覚がした。
彼の心の中に、冷たい存在が入り込んでくる。
悠斗は再び叫ぶ。
「お前が何もわからずに踏み込んだ結果だ!」しかし、その言葉も無駄に思えた。
恐怖と混乱の中で、健太はついにその場から逃げ出した。
しかし、森の外へ出ることができなかった。
彼は身体の中に宿った影とともに、あの小屋に取り残される運命を辿ることになった。
悠斗は彼を探し求め、戻ることを決意したが、もう遅かった。
小屋の周りには健太の姿はなく、その影が森の中で蠢いているだけだった。
彼の魂は永遠にその場所に封じ込められ、森のささやきに混ざっていくのだった。