浪はある閉ざされた村に生まれ育った。
村は周囲を険しい山々に囲まれ、外界との接触はほとんどない。
村人たちは代々、代々受け継がれた古い信仰を重んじて生活していた。
なかでも「印」と呼ばれる儀式は特に重要で、村の平穏を保つために欠かせないものとされていた。
しかし、彼はその伝統に疑念を抱いていた。
ある晩、浪は村の神社で開かれる印の儀式に参加した。
周囲には村人たちが集まり、神職にあたる老女が神楽を舞っていた。
しかし、浪はその神楽が持つ神秘的な力よりも、彼女の表情に引っかかるものを感じていた。
彼女の目には恐れの色が浮かび、何かを隠すような、不吉な印象を受けた。
そんな彼を不安にさせたのは、村の伝承に語られる「破」の呪いだった。
印を守らなければ、その呪いが村に降りかかるという。
浪は、その呪いの正体を探るべく、一人で神社を訪れることを決意した。
神社に着くと、深い闇が村を包んでいた。
風が鳴るたびに、木々がざわめき、まるで耳を澄ますかのように彼に警告しているかのようだった。
浪は神社の奥に進み、印にまつわる禁忌の文を探し始めた。
書かれた文字を解読するうちに、彼はある事実に気づく。
「印」が意味するものは、実は村人たちの記憶や忘却を操る力だった。
そして「二」とは、二つの儀式を通じて一つの記憶を強制的に刻み込むことを示している。
これを知った時、浪は背筋に冷たいものが走った。
この儀式が破られることで、何世代にもわたって続く記憶の糸が断ち切られ、自らの存在までも忘れ去られる恐れがあった。
その夜、浪は人々が集まる広場に足を運んだ。
心の中の葛藤を抱えながら、彼は村人たちに真実を伝えようとした。
「この儀式はただの迷信ではない。私たちの記憶を操るもので、もし破られたら私たちの存在そのものが消えてしまうかもしれない!」と叫んだ。
しかし、村人たちは耳を貸さず、彼を異端者とみなして言葉を遮った。
その瞬間、村全体が震えた。
彼らの無視が、村に宿る呪いを呼び起こしたのだ。
地が割れ、神社から不気味な雲が立ち上り、印は解かれた。
その途端、人々の目が虚ろになり、彼の目の前から記憶が消えゆく村人たちの姿が広がった。
浪は必死に叫び続けたが、自らの記憶もまた薄れ、彼の存在が周囲の闇に飲み込まれていく。
彼が覚えていたのは、ただ一つ。
破られた記憶の印を。
村全体が彼を否定し、消し去っていく中で、彼は何を感じ、何を思ったのか、その感情すらも次第に消えていく。
どこかで温かな人々の声や笑い声が響いていたかもしれない。
だが、それももう彼には届かない。
村は再び静寂に包まれ、そこにその名も知らぬ浪の存在は、ほんのかすかな影として残り続けることとなった。
印の破壊がもたらしたのは、人々の記憶の喪失だけではなく、彼によって失われた思い出までも消えてしまった、永遠の孤独だった。