「運転席の声」

夜の高速道路を走る車の中、運転席に座るのは和也という青年だった。
彼は友人と共にキャンプに向かう途中、道を誤ってしまった。
周囲は真っ暗で、街灯はほとんどなく、ただ車のヘッドライトの光だけが前方を照らしていた。

助手席には友人の直樹が座っているが、彼はすっかり疲れてしまい、寝息を立てている。
しかし和也は、この不気味な静けさが何かを予感させるかのようで、嫌な胸騒ぎを覚えた。
それでも、彼は運転を続けるしかなかった。

その時、後部座席から「和也、運転し続けてはいけない」とかすかな声が聞こえた。
思わず振り返ると、誰もいない。
直樹は爆睡しているし、後部座席には荷物しかない。
彼の心臓は一瞬ドキリとしたが、気のせいだろうと無理矢理自分をごまかす。

数分後、また同じ声が聞こえた。
「和也、運転しないで…」今度は、少女のような柔らかい声だった。
和也は心に何かが引っかかる感覚を覚えた。
この声を無視することは不可能だった。
突然、彼の頭の中にひとつの記憶が甦る。
自分の小学校時代、親友の渚が突然亡くなったことがあった。
事故だった。
和也はその後、ずっと彼女のことを忘れられずにいたのだ。

「自分が運転することで、渚を忘れようとしているのか…」和也は思った。
操り人形のように運転席にいる自分を、自分自身が見ているような感覚に襲われていた。
かつての彼の罪悪感が今、激しく揺さぶられている。
どうしても直樹を起こせず、言葉をかけることもできなかった。

次第に車内の温度が下がり、和也は寒さを感じるようになった。
その瞬間、直樹が目を覚まし、驚いたように和也を見つめた。
「和也、お前、なんか変だぞ。何を考えているんだ?」

和也は「いや、なんでもない」と返したが、直樹の疑いの目が、彼にのしかかる。
心のどこかで、直樹が察しているのではないかと思った。
和也は、また声が聞こえないか、と緊張しながら周囲を見渡した。
しかし何も見えない。

「早く目的地に着くといいな」と言った直樹に対し、和也は頷いた。
しかし、心の奥に潜む不安は収まらない。
走行速度を上げて、早くその場を離れたい気持ちが募った。
その時、車のレーダーが急に警告音を発し始めた。
「…後ろ、車が来てる!」

和也はその声に反応し、バックミラーを確認したが、何も映っていない。
直樹も不安そうに周囲を見回している。
「和也、後ろに何かいるのか?」その言葉に、和也は恐れを抱く。
後ろに誰かがいるという気配を感じたからだ。

「振り返るな、気にするな!」彼の心の中で声が響く。
しかし、何かが彼を呼び戻していた。
抑圧されていた感情が次第に膨れ上がり、彼は運転に集中できなくなってしまった。
そして、ふと直樹が口を開く。
「後ろ、誰かいる。見ろ。」

その瞬間、和也はハンドルを握りしめたまま、後ろを振り向く。
そこで見たものは、かつての友人である渚の顔だった。
彼女は泣いていた。
その目には怨念のような感情が宿っており、和也は思わずブレーキを踏んだ。
しかしその時、すでに遅かった。
車は道を外れ、大きな衝撃を与え、彼は意識を失った。

目が覚めたのは、真昼の病院だった。
周りには誰もおらず、ただモニターの音が静かに響いていた。
頭の中は混乱していて、何が起きたのかわからない。
ふと気づくと、手には渚からのメッセージが確認できた。
「あなた、自分を許せないの?」それは、運転中に彼女が伝えたかったことなのかもしれない。

和也はその瞬間、自分の中に渚が生きていることを感じた。
記憶が蘇り、彼女の存在を忘れないことを決意した。
自分を赦すことが、彼女と向き合うことなのかもしれなかった。

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