美は、一人きりの夜道を歩いていた。
彼女が住む街は、少しずつさびれていき、かつての賑わいは影を潜めていた。
美は薄暗い商店街を抜け、終わりのない迷路のような道に差し掛かっていた。
心の中には不安が広がっていたが、何かに惹かれるように足を進める。
道の途中、彼女はふと立ち止まり、目の前にある古びたアパートに目を向けた。
無残に錆びた鉄の扉が、不安をかき立てるように彼女を見つめ返してくる。
美は思わず引き寄せられ、その扉を開けた。
音もなく開いた扉の先には、薄暗く、長い廊下が続いていた。
彼女は意を決し、アパートの中へと足を踏み入れた。
廊下の壁には色あせたポスターや、誰も住んでいないはずの部屋の扉が並んでいる。
美は進むにつれて、無慈悲な静寂と共に、どこか懐かしい感覚に襲われた。
何年か前、ここに友人と迷い込んだことを思い出す。
しかし、戻る気にはなれず、彼女は廊下を進んだ。
今さら戻ることができないような、その不安感が美をさらに奥へと引き込んでいく。
その時、彼女の耳にかすかな声が聞こえた。
「ここは、終わりではない。もっと奥へ、おいで。」声は美の心の奥に響いた。
迷う美の心をさらに揺さぶり、彼女の脚を進ませる。
結局、美は無我夢中で廊下を歩き続け、まるでその声に導かれるように自分の意思を忘れていた。
廊下の先には一つの扉があり、微かに光が漏れている。
興味をそそられ、再び美は扉を開けてみた。
その部屋はかつての記憶に浸ったかのように、淡い光に包まれ、そして美しい家具が整然と並べられていた。
だが、どこかしっくりと来ない印象を受ける。
まるで、幽霊が住んでいるかのように、不気味さが漂っていた。
その瞬間、彼女の背後でドアが閉まる音がした。
驚いて振り向くと、もう一つの美、まるで自分の姿に似た女性が、静かに微笑んでいた。
美は理解できなかった。
彼女の目の前にいるのは、自分自身ではないのか。
混乱が心の中で渦巻く。
彼女は他人のような、でも親しみのある雰囲気を持っている。
美の心は、一気に絶望的な迷いの中へと導かれた。
「あなたは私、私はあなた。迷わないで。ここにいる限り、私たちは一つなのだから。」その美は優しく、しかし冷たい声で言った。
美は恐怖を感じた。
「私はいったい誰なの?私が私でいることができるのか?」それに対しもう一人の美は、ただ微笑み続けた。
何かが彼女の心をつかみ、抜け出せない。
終わりが来ることを待っているのに、それが何なのか分からなくなってしまった。
時間が経つにつれ、美は体が重くなるのを感じた。
気がつけば、彼女はもう一人の美の存在に呑み込まれ、視界が曇っていく。
そして、彼女はふと気づく。
「ここにいる者は、迷いの中で終わりを待つだけ。実にならない真実があるだけ。」
視界が限界に達した時、彼女は最後に思った。
「私はどこにいるの?」そして、その美を見つめたまま、美は静かに消えていくのだった。
アパートの中はまた静寂に包まれ、誰もいない場所になっていた。
彼女の存在は、終わりなき迷路の中に閉じ込められたままであった。