「鏡の中の影」

ある日、若い女性、佐藤美咲は自宅の押入れを整理していると、一枚の古い鏡を見つけた。
その鏡は、金色のフレームに囲まれ、埃にまみれていたが、ふと目を引く不思議な輝きを放っていた。
美咲はその鏡を磨くことにした。
彼女は、鏡の汚れがすぐに落ち、次第にその美しい表面が顔を映し出すのを見て、何とも言えない満足感を覚えた。

「こんな素敵な鏡があったなんて、知らなかった」と彼女は声に出した。
しかし、その瞬間、彼女の後ろにある暗い影が一瞬だけ映った。
美咲は振り返ったが、そこには何もなかった。
気のせいだろうと思いながら、もう一度鏡を見つめると、今度は鏡の中の自分の目が少しだけ違って見えた。
どこか冷たく、真空のような深さを秘めているようだった。

日が経つにつれて、美咲はその鏡に引き寄せられるように、毎晩鏡の前に立っては自分を見つめる時間が増えていった。
すると、ある晩、美咲は毎回見えていた自分の姿が、なぜか揺らぎ始めるのを感じた。
鏡の中に映る自分は、徐々に美咲の感情を表すかのように、彼女の心の奥に潜む「影」が鮮明に浮かび上がってきた。

その時、美咲は思い出した。
幼いころ、彼女の母親が「鏡には知られざる世界がある」と語ったことを。
母はそれを「覚」と呼び、その世界には人の心の中の影が映し出されるのだと教えてくれた。
美咲はその言葉を思い出し、不安を感じた。
しかし、同時にその影を知りたいという好奇心が刺激され、鏡の前に立っているのが心地よくなった。

しかし、ある晩、彼女が鏡を見ていると、その映る姿が突然歪みだした。
影は次第に実体を持つように迫ってきて、美咲は恐怖で動けなくなった。
彼女の「影」は、ただの影ではなく、彼女自身が忘れかけていた恐怖や後悔の象徴だった。
そしてその影は、美咲に向かって「お前は私を無視した。私を解放することができるのか?」と囁いた。

急に金色のフレームから異様な音が響き、気がつくと美咲の体は鏡の中に引き込まれていく感覚に襲われた。
彼女は必死にもがいたが、指先から流れる力が奪われていく。
美咲は「助けて!」と叫ぶも、声は鏡に反響し、外の世界には届かなかった。

そして、彼女はそのまま鏡の中に取り込まれてしまった。
薄暗い並木道のような場所に立たされると、周りには何もない無限の空間が広がっていた。
そして、その瞬間には彼女が放置していた様々な感情の影が一斉に現れ、美咲を取り囲んだ。

「ここで何を求めているのか、教えてくれ」と影が言った。
美咲は必死にその影と向き合った。
「私にはまだ希望がある!」と叫び、彼女はその影に向かって手を差し出した。
すると、少しずつその影は彼女の身体に吸い取られていく感触がした。
恐怖とともに自分の内面を見つめ直すことになった美咲は、心の奥にある「影」を受け入れようと決意した。

一瞬、光が彼女を包んだかと思うと、鏡の中の空間は消え、美咲は再び自宅の床に倒れ込んでいた。
鏡の中の映像は平静さを取り戻し、今までと変わらず美咲の姿を映していた。

しかし、彼女の心の中には「影」と向き合ったことで生まれた新たな感覚が宿っていた。
彼女はもう一度、鏡を見つめ直し、「これからはあなたを大切にするわ」と心の中で呟いた。
その時、鏡の中で微かに笑う影の姿が見えた。
美咲はそれを感じながら、鏡の前で静かに立ち続けた。

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