「トの街の吸い取られし者」

トの街には、誰もが知る怪異が存在していた。
人々はそれを「吸い取られし者」と呼んでいた。
その噂は、急速に広がり、その街に住む人々の心を不安で覆っていた。

その街に住む佐藤優一は、少しばかり気難しい性格で、友人も少なく、一人で過ごすことが多かった。
ある日、優一はいつもと同じように町の雑貨屋に立ち寄り、ふと気になった古びた本を手に取った。
それは「トの幻影」と題された怪談集だった。
彼はその本を手に取ると、何か引き寄せられるような不思議な感覚に囚われた。

家に帰ると、優一はその本を開いた。
ページをめくると、そこにはトの街での不気味な出来事が綴られていた。
「吸い取られし者」は、夜の闇に紛れ込み、人の「気」を吸い取ってしまう存在。
その者に出会った者は、次第に元気を失い、最終的には丸々とその存在を吸い取られてしまうと言われていた。
優一は一瞬恐怖を覚えたが、好奇心が勝り、さらに読み進めた。

次の晩、優一はその本を読みながら、いつも通り孤独なひとときを過ごしていた。
しかし、夜が更けるにつれて、彼は異常な寒気を感じるようになった。
外は月明かりで照らされ、静まり返っていたが、家の中にいる彼には、何かが近づいてくるような不安感が漂っていた。

気にしないようにして本を読み続けていると、突然、窓を叩く音が響いた。
優一は驚いて振り返ったが、そこには何もなかった。
再び本に目をやると、ページの端に手書きのメモが追加されていた。
「真夜中の12時、鏡の前に立て」。
彼は驚愕し、そのメモが本物かどうか疑ったが、不思議とその言葉に引き寄せられてしまった。

迷いながらも、時刻が12時を指すと、優一は鏡の前に立った。
心臓が高鳴り、背筋が凍るような感覚が全身を駆け抜けた。
その瞬間、鏡の中にかすかに映る人影が目に飛び込んできた。
顔は見えなかったが、長い髪と黒い服がそれを強調していた。
優一は恐怖から目を逸らさず、鏡の中の影が自分をじっと見つめているように感じた。

「あなたの気を吸い取りに来た」と、かすかな声が彼の耳に響いた。
驚きに目を見開く優一。
しかし、抵抗する力もなく、その影に向かって身体を引き寄せられるような感覚を覚えた。
彼は必死に振り返ったが、影はそのまま画面の中に沈んでいく。

気がつくと、周囲の空気が重く、息が詰まるような感覚に襲われていた。
優一は「助けて」と思ったが、言葉にならなかった。
意識が薄れていく中で、まるで自分の内側から何かが消えていくような感覚がした。
彼は理解した。
この瞬間、彼は「吸い取られし者」に出会ったのだと。

不安と恐怖が彼を襲う中、優一は声を振り絞って「何でもするから、私を離してくれ!」と言った。
しかし、その声は風に消され、影は笑ったように見えた。
次の瞬間、真っ暗な空間に放り込まれ、まさに彼の気が吸い取られていくのを感じることとなった。

時は経ったが、優一は二度と帰らなかった。
彼の姿は、ただの噂となり、「吸い取られし者」の伝説の一部へと昇華されていった。
彼が最後に目にした光景、それは、同じように一人で過ごす人々の姿だった。
あの影は、これからもひとりぼっちの人を狙って、トの街を徘徊するのであろう。

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