「停留所の誓い」

彼は、定期的に訪れる不気味な旧停留所に足を運んでいた。
名は田中健一。
彼は普段は仕事に忙しいサラリーマンだが、何故かこの場所だけは惹きつけられるように訪れてしまうのだ。
ここは、時間が止まったかのような静けさが漂い、誰もいない暗い道沿いに立っていた。

ある日、薄暗い夕暮れ時に、健一はいつものように停留所に立ち寄った。
しかし、その日はいつもとは何かが違った。
停留所のベンチに座っているのは、妙に顔色が悪い、青白い女性だった。
彼女はじっと健一を見つめており、その視線は冷たい感情を宿しているように感じられた。
思わず健一は身を引いたが、彼女は微笑みながらもその視線を外さなかった。

気味が悪さを感じつつ、健一は何かに取り憑かれたように、その場を離れられなかった。
彼女は「ここから逃げることはできないのよ」と言った。
その言葉に驚きながらも、健一は次第に心の奥底に潜む恐怖が蘇ってきた。
彼はこの停留所にまつわる、古い噂話を思い出していた。
数年前、この停留所で行方不明になった人々の話だ。
いつも誰かが訪れるものの、不思議なことにその人たちは再び戻ってこなかった。

彼女が仮面を被った表情で近づいてくると、健一は思わず後ずさりした。
彼女の存在は、まるで時間そのものを封じ込めたかのような冷たさを放っていた。
「彼らは私たちのように、ここで永遠に止まってしまったのよ」と彼女は語り続けた。
「私たちの痛みを、あなたも味わうべきなの。」

健一は彼女の言葉を聞きながら、心の中で逃げ出したい気持ちが高まる。
何とかその場から逃れようと、後ろへ向けて走り出そうとしたが、足が動かない。
まるで何かが彼を封じ込めているかのようだ。
停留所の周りがどんどん暗くなり、冷気が体を包んでいく。
健一はその時、自分がこの停留所に取り残されることへの恐怖を感じ始めていた。

「家に帰りたい、助けてくれ」と思わず彼は口に出してしまった。
ささやき声がその言葉を飲み込む。
すると、女性は優しい声で「あなたは帰れない、私たちが待っているの」と囁いた。
彼女の言葉は彼の心を撫でるように響いたが、同時にその声が彼を飲み込んでしまうように感じられた。

その瞬間、健一は自分の足元に広がる闇の深さを見てしまった。
そこにはかつて失ったはずの記憶や人々の顔が浮かんでいる。
彼の頭の中には、様々な思い出が押し寄せ、彼を引き戻そうとしていた。
過去を封じ込めたその場所から逃れる手立ては、果たして本当にあるのだろうか。

徐々に彼女が近づいてくる。
そして、彼女の手が伸びてきた。
健一は思わず叫び声を上げた。
「いやだ、帰りたい!」と叫ぶが、彼女の手が彼に触れるその瞬間、彼の記憶が一瞬で流れ込んできて、彼はその中に飲み込まれてしまった。

次の瞬間、気が付くと、自身が再び停留所にいることに気づいた。
あたりを見渡すと、周りには誰もいなかった。
しかし、彼の心の奥には、あの女性の冷たい声が響き続け、逃げられない恐怖が根付いているのだった。
健一はそれを感じながら、再び停留所を後にすることができなかった。
時間は止まり、彼は永遠にこの場所に留まることとなった。

タイトルとURLをコピーしました