村の北端にひっそりと位置する「田野原」という集落は、穏やかな風景が広がる一見平和そうな場所だった。
しかし、村人たちの口には乗らない不気味な言い伝えがあった。
村のすぐ近くには、入ることを禁じられた森があり、その森の奥にあると言われる「足の神様」が宿る場所へ行くと、手に入れたものはいつか自らの足で逃げていくというのだ。
その言い伝えを知っている人物は、村で小さくなるのが嫌だった中学生の「翔太」だった。
彼はいつも冗談で「逆に足の神様に会ってみたい!」と周囲に笑い飛ばしていた。
しかし、翔太の心の奥深くには、圧倒的な悔しさが渦巻いていた。
親友の「健二」が引っ越すことになり、その最後の別れをしてからというもの、彼の心は孤独感でいっぱいになっていたのだ。
ある夜、翔太は好奇心と寂しさの狭間で揺れ動いた末、村の禁忌を破り、森へ足を踏み入れることにした。
暗闇の中を歩き、彼の足音が寂しく響く。
しかし、自身の選択が間違っていたのかもしれないと次第に恐れを感じ始めた。
「ああ、やっぱり戻ろう……」
だが、なぜかその場から足が動かない。
何かに引き寄せられるように、翔太は名も知らぬ道を通り、森の奥へと進んでしまった。
ダークな気配が縦横に感じられ、空気は異様に重く、深い悔しさが翔太を襲う。
「やはり、行かなければ良かった……」
その時、突如として目の前に現れたのは、不気味に微笑む人影だった。
その姿は、村に住んでいた「存」と名乗る少女だった。
彼女は長い黒髪と白いドレスを身にまとい、まるで今も生きているかのように微笑んでいた。
「あなたも足を求めてここに来たの?」その問いに翔太は恐怖と混乱した。
「何を言っているんだ……?」と答えた。
存は彼に向かって、森の奥で運命を決定する「足の神様」の存在を語り始めた。
「ここでは、欲しいものが得られる代わりに、自分の持っているものが逃げるの。自分の気持ちを煩わせる過去も、一緒に逃げてしまうわ。」翔太はその言葉に困惑した。
「それが悔いとなって、私もここに束縛されている。」
翔太は考え込んだ。
彼は自分が感じている悔しさを少しでも軽くしたく、存に導かれるままに神様のもとへ向かった。
しかし、彼は心のどこかで、逃げてしまったら何も持たなくなるのではという不安を抱えていた。
「ここで行う呪文を唱えれば、悔しい過去から解放される。その代わりに、足で逃げていくことを覚悟しなければならない。」その言葉を受け、翔太は全てを手放す覚悟を決めた。
彼は自分の内なる声に従い、深呼吸をした。
「どうか、解放してください!」翔太は叫んだ。
その瞬間、周囲に激しい風が吹き荒れ、心の中の悔しさと過去の思い出が一気に消えていく感覚に包まれた。
しかし、彼は気づかなかった。
彼の足元から何かが逃げ出していたのだ。
翌朝、村の誰もが翔太を見かけなかった。
彼は嫌っていたはずの田野原を去る時には、思い出とともにすべてを失ってしまっていた。
そして、その森の奥にはまた一人、逃げ去った「足の神様」の犠牲者が確かにいたのだった。
村の人々も、気がつくことはないだろう。
翔太の心の中で、数多の悔しさがふたたび静かに目覚めることを。