「光の中の囚われ人」

田中健一は、若い頃から心に残る不思議な出来事を体験していた。
その中でも特に強く印象に残っているのは、彼がまだ学生だった頃の出来事だった。
当時、彼は地元の小さな町の郊外にある森の中に足を運ぶことが好きだった。
そこは、昼間でも薄暗く、木々の間から漏れる光はまるで神秘的な霊によって導かれているかのようだった。

ある日のこと、健一は友人たちと一緒にその森を訪れた。
皆で遊びながら、ふと彼の目に留まったのは、ひときわ光り輝く木だった。
周囲の暗闇の中で、その木はまるで異界からきたかのように、まぶしい光を放っていた。
友人たちはその光に興味を持ち、近づいてみようと提案した。
しかし、健一はどこか不穏な気配を感じ、躊躇した。

彼の心の中では、母から聞いた幼少期の怪談が蘇っていた。
その話によれば、この森には昔、光を求めて迷い込んだ人々がいるという。
そしてその光は、実は霊によって作り出されたもので、近づいた者を幻惑し、森の奥へと誘い込んでしまうというものだった。
彼はその話を思い出し、胸の高鳴りが収まらなかった。
しかし、友人たちは健一の心配をよそに、光に向かってどんどん進んでいった。

ついに友人たちは光の木に辿り着き、歓声を上げて喜んだ。
健一はその様子を見て、やはり近づかない方がよいと感じながらも、友人たちの後ろに立っていた。
その瞬間、光が強く瞬き、彼の目の前で何かがふわりと浮かび上がった。
それは、白いドレスを着た女性の霊だった。
その女性はまるで悲しみに満ちた顔をしており、彼の目をじっと見つめているように感じた。

その時、何も知らない友人たちは、楽しげに騒いでいた。
その光の中に身を投じている彼らは、健一にとってまるで自分を忘れてしまったかのように見えた。
彼は恐れる気持ちを抱えながら、「戻ろう!」と声を張り上げた。
しかし、その声は友人たちには届かず、むしろ彼らの興奮を煽るかのように響いた。

瞬間、健一の背筋に冷たいものが走った。
彼は目の前の霊に視線を戻した。
その霊は、じわじわと近づいてくる友人たちをじっと見つめ、まるで助けを求めるような表情をしていた。
健一は思わずその霊に向かって手を伸ばしたが、霊はその手をすり抜け、友人たちの周りを旋回し始める。

「頼む、近づくな!」健一は叫んだが、その声は再び無情に森に消え込んだ。
友人たちは気づかないまま、光に包まれていた。
健一は焦りを感じながら、友人を引き戻そうと必死になった。
彼は深呼吸をし、心の奥底から恐怖を振り払おうと試みた。

その時、霊の表情が一瞬にして変わった。
彼女は悲しみではなく、無慈悲な笑みを浮かべていた。
その笑顔は、まるで友人たちを奪う瞬間を楽しみにしているかのようだった。
健一の胸は恐怖と焦燥でいっぱいになり、どうしても止めなければならないという使命感が芽生えた。

「友人たち、こっちに来て!」彼は全力で呼びかけた。
信じてもらえるか不安だったが、彼は直感で何かを感じていた。
それが彼の最後の抵抗だった。
呼びかけが効果を表したのか、友人たちはその声に振り返り、呆然と立ち尽くした。

「戻れ、急いで!」健一は叫んだ。
友人たちは彼の声に心を動かされ、少し遅れたものの森の出口へと向かって走り出した。
しかし、光はまだ彼らを追いかけ続けた。
健一は最後の瞬間まで、その霊の視線を感じながら、仲間の手を引いて森を走り抜けた。

無事に森の外へ出た時、友人たちは息を切らして立ち止まった。
視線を後ろに向けると、あの光は遠くへと消えていった。
しかし、健一の心にはずっとその女性の霊が影を落としていた。
彼はそれ以来、光がどんなに美しく見えても近づかないと誓った。
そして、あの日見た光の恐怖が、忘れられない記憶として心の奥に残ることとなった。

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