彼の名前は田中健二。
38歳の彼は、仕事に追われる日常を生きていた。
ある晩、健二は通勤途中の古びたトンネルに興味を持った。
トンネルは地元の人々から「忘れられた道」と呼ばれ、あまり行く者はいなかった。
だが、その時、彼の心の中には何かしらの好奇心が芽生えた。
仕事のストレスから逃れるために、立ち寄ることにした。
暗いトンネルの中は、かすかな冷気と共に、異様な静けさが広がっていた。
足を踏み入れると、心臓がドキドキと高鳴り、まるで誰かに見られているような気配を感じる。
しかし、健二はその感覚を無視し、さらに奥へ進んだ。
進むにつれ、不気味な静けさが彼を包み込み、心の中で何かが暴れるような恐怖感が増した。
トンネルの中ほどで、彼は古い落書きを見つけた。
「この道を選ぶな、暗闇に飲まれる」と、赤い文字で不可解な警告が残されていた。
健二は思わず寒気を感じたが、その文に興味を持ち続けた。
「別れ」をテーマにする内容にも思えたからだ。
彼は目の前の道を選ぶことで、自身の人生や人間関係から「別れ」を迫られるのではないかという不安に駆られた。
トンネルの奥へ進むと、突然、周囲の空気が重くなり、視界が暗くなった。
青白い光が、どこからともなく彼の目の前に現れ、顔が見えない誰かが立っていた。
恐怖で動けなくなった健二は、その影に向かって「誰か?」とつぶやいた。
しかし、声は虚しく返ってこなかった。
その瞬間、影の存在が急に近づいてきた。
彼の心の中に、不安と恐怖が渦巻く。
影はまるで彼の心の奥底を覗き込んでいるかのようで、彼の選んだ道への後悔や後ろめたさを露わにしてきた。
言いようのない暴力的な感情が彼を襲い、健二は恐怖で身動きが取れなくなってしまった。
「お前は何を断ち切るのか?」その暗闇の声が響く。
彼は考えた。
自分が無視し続けてきた人との別れ、時間に追われて失ってしまった大切な瞬間、そして愛する家族とのつながり。
彼はそのすべてを明確に意識し始め、何かを選ばなければならないというプレッシャーに押しつぶされそうになった。
その時、健二は思い出した。
仕事ばかり優先して、自分の大切な人たちを省みてこなかった事実を。
これまでの選択には常に「別れ」があったのだ。
影の存在は、自らの罪を暴かれているように感じさせ、彼は恐怖と共に心の内側が押しつぶされるような感覚を覚えた。
「もう引き返すことはできない。選ばなければ、永遠にこの闇に飲み込まれるのだ」と影は冷たく告げる。
健二は今まで直面していなかった自分の感情と向き合う覚悟を決めた。
「私はこの状態を断ち切り、やり直したい。大切な人たちとともに過ごす時間を、もう一度取り戻したい。」
その瞬間、影が消え、トンネル内が明るくなった。
目の前の道は、選択肢に満ちた新たな道へと続いていた。
彼は立ち尽くしたまま、深呼吸し、その光の方へと足を進めた。
振り返ることはなかったが、心の中の怪物はもう消えていた。
健二がトンネルを出ると、静かな夜空が広がり、彼の心には新たな決意が宿っていた。
もう二度と「忘れられた道」に足を踏み入れることはないだろう。
彼は、別れの先にある未来を選んだのだから。