石を切り出す町、その名も石畑。
そこで生まれ育った中村は、昔からこの町に伝わる不思議な伝説を耳にしていた。
それは、町の奥にひっそりと佇む古い祠にまつわる話だった。
祠の近くにある石には「離れた手」という不可解な現象が起こると言われていた。
中村は幼い頃から、この町を愛していた。
しかし、年齢と共に友人たちが次々と町を離れていく中、中村だけがこの地に留まっていた。
周囲の人々が進む道を選ぶ中、中村は「離れた手」の伝説に惹かれ、不安を抱きながらもその真相を確かめることに決めた。
ある晩、中村は月明かりのもと、祠へと向かった。
独り占めする静寂の中、古びた石に近づくと、何かが呼んでいるような感覚に襲われた。
とても不気味だったが、一歩ずつ足を進めた。
「離れた手」とは、一度触れると、さらに深い場所から別の手が現れると言う。
中村はその石に手を触れることにした。
その瞬間、中村の目の前に白い手が現れた。
驚愕した彼は、ぐっと後ろに引いて逃げた。
しかし、その手は静かに彼の隣に立っていた。
一瞬ふと気が緩み、中村はその手に掴まれてしまった。
その時、彼の意識が揺れ動いた。
手は彼をどこかへ導こうとしている。
声は聞こえないが、中村はその手の温もりを感じながら、何かを教えられているような気がした。
彼は動けないまま、過去の思い出を浮かべる。
「小学生の頃、友達と遊んだあの日…」その時、自然に笑顔がこぼれる。
友達と共に過ごした自由な日々。
しかし、気づけば、中村はいつの間にかその石の前に再び戻されていた。
手は消えてしまい、ただ静けさが宿っているだけだった。
中村は思った。
「友達を大切にしなければならない。離れても、心は繋がっているはずだ。」そう確信しながら町へ戻ると、何かが変わっていることに気づいた。
友人たちの顔がぼんやりと浮かび上がっている。
翌日、中村は不思議な現象を経験した。
離れていた友人たちから、突然連絡があった。
地元に戻りたいと思うと。
それはまるで、中村の思いが彼らの心に通じたかのようだった。
彼らと再会することを心から喜んだ。
月日が流れ、友人たちは町に戻ってきた。
皆で集まり、笑い合う日々が戻った。
しかし、祠の出来事は彼の心の片隅によみがえり、どこかでその「離れた手」への恐れが薄らいでいくことはなかった。
ある日、中村がふと祠に戻ると、また同じ手が現れた。
彼も含む町の友達を思い出しながら、その手に触れる。
すると、手は彼を引き寄せるようにして、過去の思い出を強く再生してくる。
「あの日、僕がもっと彼らを大切にすべきだった…」
中村は驚きと共に、その手を通して伝わる何かを感じる。
それは「離れても、心は繋がっている」というかつての自分を思い出させるものであった。
その時、静かに町が抱える運命を理解した。
彼は寂れた町を愛するために、人との絆を絶やさぬように生きる決意を新たにした。
古い石の祠の手は、中村に人生の教訓を託けていたのだった。