一匹の犬が、凛という名前で知られていた。
凛は小さな村のはずれに住む寂しがり屋の柴犬で、特に一つの女性、花子を心から慕っていた。
花子は毎日の散歩で凛を連れ出し、一緒に遊ぶのが日常の楽しみとなっていた。
凛にとって、彼女の存在は何よりも大切だった。
ある日、花子がいつものように凛を連れて散歩に出かけると、村の外れに不気味な森が広がっていた。
森の中からは、囁くような声が聞こえてきたが、花子はそれを気にせずに、凛を引きずって歩き続けた。
しかし、その声は次第に大きくなり、森の奥へと誘われるようだった。
凛はその異様な感じに警戒を覚え、逃げ出そうとした。
しかし、花子は不思議な魅力に惹かれ、森の中へ深く足を踏み入れていった。
凛は「逃げなければ!」と急いで彼女の後を追ったが、開けた場所に出た瞬間、奇怪な光景が広がっていた。
その場所には何本もの華やかな道があり、どれも鮮やかな色に彩られていた。
まるで光を反射する宝石のようだった。
しかし、凛が感じたのは美しさの裏に潜む恐怖だった。
花子はその光景にうっとりし、道の一つへと無邪気に歩み寄った。
凛は慌てて吠え、「花子、戻って!」と叫んだ。
しかし、花子は凛の声を聞くことなく、道を進んでいった。
その瞬間、森の雰囲気が一変した。
美しい色彩が突然、灰色に変わり、道の両側に咲いていた華も一斉に枯れ果ててしまった。
光は消え、代わりに真っ暗な影が彼女を包み込んだ。
凛は恐怖に震えながら、花子の元へ駆け寄ったが、その時、突如として凛の前に現れたのは、暗く不気味な影だった。
無数の目が光り、口からあふれるように「来てはいけない場所だ」という声が響いた。
恐れと混乱の中、凛は心から叫んだ。
「花子、逃げて!」
だが、花子はその影に魅了されているかのように、動こうとしなかった。
そんな彼女の姿を見て、凛は一瞬の迷いを抱えながらも、全力で彼女を助けようとした。
走り寄る途中、凛はその影がまるで彼女の存在を排除するかのように、力強く形を変え、迫り来ることを感じた。
凛はためらわず、花子の足元にスッと潜り込んで吠えた。
逃げるためのきっかけを与えようとしたのだ。
その瞬間、花子は我に返り、凛の存在に気づくことができた。
「凛…?」と、彼女は振り返り、恐怖で固まったままの表情を浮かべた。
凛は振り返り、影の中で揺らめく不気味な光に気づいた。
「逃げるんだ、花子!」声には重みが込められていた。
彼女もようやく逃げる気持ちを取り戻し、凛を追いかける形で森を振り切ろうと走り出した。
道を進むにつれて、周りの風景が急速に変化していく。
いつの間にか再び色が戻り、華が咲く明るい道に出た。
凛はそのまま足を速め、花子を導くように、印象的に振り向いた。
「行こう、もう大丈夫だ!」
花子は凛を見つめ、小さく頷いた。
全速力で森を抜け出した二人は、やっとの思いで村にたどり着いた。
凛は一息つき、花子の足元でリラックスした表情を見せた。
だが、後ろからはまだ不気味な影がちらちらと見え、いつでも彼らに迫ってくるように思われた。
それからの日々、花子は凛と一緒に散歩する際に森を避けるようになったが、あの不気味な日々が心に影を落とし続けていた。
凛はいつも、花子の側で彼女を守り、どんな時でも、その影から逃げられたことを思い出させた。
いつか再び森に足を踏み入れることがあれば、その時はきっと、恐れを抱かず立ち向かうことを誓った。