秋の終わり、鈴木陽介は日常の疲れを癒そうと、村外れの古い旅館に泊まることにした。
その旅館には、地元の人たちの間で語り継がれる「夢の中に引き込まれる現象」があるという噂があった。
興味本位で泊まった陽介だったが、歴史ある旅館の雰囲気に心が暖まるのを感じた。
夕食を終えた後、彼は自室に戻り、布団に身を沈めた。
夜が更けると、陽介は夢の中で不思議な光景を目にする。
その光景は、彼が何度か訪れた記憶のある公園だった。
しかし、その公園はどこか違う。
木々は黒く、空は不気味な紫色をしている。
彼はその場に立ち尽くし、周囲を見回していると、目の前に見知らぬ女性が現れた。
彼女は薄い白いドレスを着ており、笑みを浮かべながら陽介を見つめていた。
「私の名前は美咲。この公園に住んでいるの。」彼女はそう言った。
その声は心地よいメロディのようで、陽介は思わず引き込まれた。
彼女は陽介に、ここではすべての願いが叶うと言った。
夢の中のこの場所で真実を求めることができるという。
しかし彼は、その言葉に妙な違和感を感じた。
次の日、陽介は目を覚ますと、これまでの生活が夢であったかのように、何も思い出せない自分に気づいた。
旅館を出た彼は、外の景色がすべて変わってしまっていることに驚愕する。
知っているはずの村が消え、見知らぬ風景が広がっていた。
彼が気づいたのは、夢と現実の境界が曖昧になっていることだった。
夢見心地の状態で陽介は、公園へと足を運んだ。
その公園には、美咲が待っていた。
彼女はぽっかりと空いている広場を指さし、「この場所で何か大切なことを見つけてほしい」と告げた。
陽介は彼女に言われるままに、広場の中心へ進んだ。
そこには古びた石碑が立っており、何やら文字が彫られていた。
その瞬間、陽介は背筋が凍るような感覚に襲われた。
石碑の文字は、彼が過去に埋めてしまった思い出の数々だった。
大切な人との別れ、夢を追いかける決意、そして失ってしまったはずの希望。
それらが次々と彼の脳裏に蘇り、彼の心に重くのしかかった。
陽介は気が付くと、美咲が彼の横に佇んでいることに気づいた。
彼女の表情は真剣で、静かに言った。
「夢に囚われることがないように、自分の真実を受け入れる必要があるの。」彼の心に宿る恐怖と不安が、彼女の言葉で少しずつ解かれていくのを実感した。
しかし、陽介は迷ってしまった。
彼は本当にこのまま夢から醒めたくないのだろうか。
美咲は彼の心に問いかける。
「あなたは、どちらを選ぶの？」彼女の言葉に、陽介の中の何かが揺さぶられた。
その時、突然空が暗くなり、周囲の風景が変わり始めた。
陽介は必死で逃げた。
それと同時に、美咲の声が耳に響く。
「選ばないという選択肢もある。だが、それは真実を見失うことになる。」彼女の声は次第に遠くなり、陽介は視界が真っ暗になった。
彼が目を覚ますと、旅館の部屋で目を開いた。
夢の中の出来事は全て幻だったのだろうか？しかし、彼の手の中には、美咲が握らせてくれた小さな石が残っていた。
日の光が穏やかに差し込む中、陽介はその石を見つめ、彼女の言葉が頭の中で繰り返される。
「真実を受け入れなければ、夢を選び続けることになる。」
この旅館での出来事は、陽介にとって夢ではなく、彼の心の中に刻まれた新たな決意の象徴だった。
これからの人生を真剣に生きていこうと心に誓いながら、彼は新たな旅に出る決心をした。
