「鏡の中の囚人」

ある小さな町の外れに、古びた「い」屋敷が静かに佇んでいた。
その屋敷は長い間放置され、周囲には背の高い草が茂り、周りの大木が影を落としていた。
町の人々はこの屋敷に近寄ることを避け、不気味な呪われた場所だと噂していた。

ある日、大学生の「検」と名乗る青年は、友人たちと集まって肝試しをすることになった。
彼は怪談や心霊現象に興味を持ち、特にこの「い」屋敷にまつわる噂に惹かれていた。
友人たちは躊躇したが、検はその興味を抑えきれず、皆を誘った。
「ちょっと見に行くだけだから、怖くないって!」と。

夜になり、月明かりがやや明るく照らす中、彼らは屋敷の前に集まった。
静寂が辺りを包む中、彼らは屋敷の扉を開けて中に入った。
古びた間取りや埃まみれの家具が彼らを迎え、何かが彼らを待ち構えているような気配が漂っていた。

ふと、検は廊下の奥にある一つの部屋に目を奪われた。
その部屋のドアには奇妙な模様が描かれており、彼はそちらに引き寄せられるように進んで行った。
友人たちは不安になり、声を潜めて彼を呼び返そうとしたが、彼はその声を無視した。

部屋の中に入ると、すぐに異様な空気が彼を包み込んだ。
床には深い色のカーペットが敷かれ、壁には不気味な絵画が飾られていた。
中央には一つだけ古い鏡が立てかけられており、周囲の雰囲気とは異なる重苦しい光を放っていた。
検はその鏡に近づき、自分の姿が映るのかと期待を抱いていたが、鏡には自分以外の何かが映り込んでいた。

彼の目に映ったのは、真っ白な顔をした女性の姿だった。
まるで彼をじっと見つめているかのようだった。
驚いた彼は後退り、友人たちの元に戻ろうとしたが、その時、部屋の扉が音もなく閉じた。
彼は恐怖に駆られ、心臓が暴れ出すのを感じた。
鏡の女性は微笑んだように見え、まるで何かを語りかけてくるようだった。

焦った検は必死に扉を開けようとするが、まるでその扉が彼を拒むかのように動かなかった。
友人たちの声も、彼の耳には届かない。
彼はその場に取り残され、焦りと恐怖が膨れ上がっていった。
鏡の女性の笑みはさらに深く、奥へと誘うように揺らいでいた。

やがて、鏡の中に誘われるように検は自分を見つめ続けた。
その瞬間、彼の頭の中を過去の記憶が巡り始めた。
彼が失った「え」くせいな思い出の数々。
それは彼の心の奥に眠っていた、忘れ去った愛の記憶だった。
必然的に思い出されたのは、彼がかつて大切にしていた友人との別れ。
思い出の中で交わした笑顔や、共に過ごした日々が鮮明に浮かび上がってくる。

気づくと、彼は鏡の女性と一体化していくかのように吸い込まれていった。
彼は失ったもののために、再びその存在と共に生きることを選んだのだろうか。
友人たちが扉を叩き、叫び声をあげる中、彼はその声を聞かずに深い闇へと引き込まれていった。

数日後、屋敷の中から声が消え、検の行方はわからなくなった。
友人たちは彼を見つけることができず、町の人々は再び恐れを感じていた。
今や彼は、不在の痕跡として残り続け、ただ「い」屋敷の中に囚われた存在まで変わってしまったのだった。
その後、屋敷の周りでは別の人たちが奇妙な現象に遭遇することがあった。
一夜に一度、「検」の声がささやくように響き渡り、「失われた思い出を返せ」と訴えていた。
彼は今も、あの白い女性と共にその場所に囚われている。

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