夏のある日、大学生の健太は友人たちと一緒に旅行へ出かけた。
行き先は、北海道の小さな村にある宿泊施設。
皆の期待に胸を躍らせながら、健太は村に着くと、どこか異様な雰囲気を感じた。
周囲にはひっそりとした森と、朽ちかけた古い建物しか見当たらなかった。
宿に到着すると、運営している老人から注意を受けた。
「この村には、消えてしまう者がいる。それを知る者については、行かないほうがいい。」彼の言葉に、健太たちは不安感を覚えたが、旅行の計画を中止するつもりはなかった。
むしろ、その言葉が仲間内での話題となり、恐怖心は弾む好奇心に変わった。
夜、皆で飲み明かし、酔いが回ったころ、健太はふと村のいちばん奥にあるという「消滅の森」のことを思い出した。
友人の彩が「そこ、実際に行ってみようよ!」と提案し、他のメンバーもそれに賛同した。
彼は少し戸惑ったが、周りの盛り上がりに押されてしまった。
「消滅の森」は、夜に行くと、道に迷って戻れなくなると言われている場所だ。
健太たちは懐中電灯を手に、好奇心を胸に抱えながら森の中へと入っていった。
森は静まり返り、月明かりが木々の間から射し込んでいた。
進むうちに、どこか不気味な気配を感じるようになった。
「誰かいるのかな…」とつぶやく健太に対し、友人たちは「気のせいだよ」と笑い飛ばした。
しかし、その瞬間、突然、風が吹き荒れ、周囲が暗くなった。
彼らは動揺し、懐中電灯で周りを照らしたが、その光はどこか薄暗く感じられた。
さらに、視界の端に人影がちらちらと動くのが見えた。
「行こう、もう帰ろうよ」と健太が言うが、友人たちは恐怖心を感じながらも、惹かれるように森の奥へと進む。
その時、突然、彩が立ち止まった。
「ねえ、何か聞こえない?」耳をすますと、かすかな声が聞こえてきた。
「消えたい…消えたい…」その声は、まるで誰かの望みが苛まれているかのようだった。
その瞬間、健太の心に不安が広がり始めた。
彼は友人たちに「戻ろう」と叫んだが、彼らはその場から動けなかった。
まるで何かに取り憑かれたように、動きが止まってしまったのだ。
恐ろしいことに、周囲の風景が歪み始めた。
彼は自分の心の中に欲望が渦巻いているのを感じた。
生きることへの望みが少しずつ薄れていく感覚を覚えた。
「美咲、智也、戻ってきて!」と叫びながら、彼は友人たちを引き寄せた。
しかし、友人たちは彼の声を聞いていないようで、ただ呆然と立ち尽くすばかり。
いつの間にか、彼の周囲にいたはずの仲間たちが次第に薄れていき、消えていくように見えた。
「そんな…嘘だろ、戻ってきてくれ!」健太は絶望的な叫びをあげた。
だが、彼のおそろしい視界には、友人たちの姿が完全に消え失せてしまった。
彼一人だけがそこに取り残された。
恐怖の中、健太は逃げようと必死に走り出したが、黒い影が足元にまとわりつき、前に進むことができなかった。
頭の中に響く声は、だんだんと大きくなり、彼の心を支配しだす。
「消えたい、消えたい…」それは、かつてこの森に引き込まれた人々の願いだった。
健太は次第に意識が薄れていく中、自身もその声に引きずられ、消えたいという欲望に飲み込まれていくのを感じた。
彼が意識を失う直前、彼の脳裏に幼少期の思い出が浮かんだ。
それは友人たちと一緒に過ごした楽しかった日々だった。
だが、その感情すらも消えかけてしまっていた。
最後に彼が思ったのは、「戻りたい」という願いだった。
翌朝、宿に戻った他の宿泊客たちは、健太たちの行方を聞くことはなく、いつの間にか彼らの存在はその村へと消えてしまった。
村はいつも通りの静けさで満たされていたが、森の奥では、新たな願いを抱えた者たちが静かにさまよい続ける運命が待っていた。