ある町に、古びた図書館があった。
男の名前は田中浩一、36歳。
彼は書店員として働く傍ら、空いた時間にこの図書館を訪れ、本を読んで過ごすのが日々の楽しみだった。
薄暗く、静寂に包まれた図書館の中で、浩一は一冊の本に心惹かれた。
それは「時の旅人」と題された古い書物で、ページをめくるたびに不思議な感覚に包まれるような、そんな本だった。
一日、浩一は閉館間近の図書館で「時の旅人」を手にしていた。
読み進めるうちに、物語の中で時をさかのぼる旅が描かれていた。
彼は魅了され、この本の中に引き込まれていくようだった。
しかし、ページをめくるごとに、異様な感覚が彼の背中を走った。
「これ、この本だけで済むのだろうか。」
そんな疑念が頭をよぎった。
静まり返った図書館の中、浩一は一瞬の沈黙の後、突然の異変を感じた。
背後で本棚が微かに揺れたかと思うと、彼の目の前には、一人の男が立っていた。
背広を着たその男は、見知らぬ顔だったが、どこか懐かしさを感じさせる瞳をしていた。
「君も時の流れを知りたいのか?」男は低い声でつぶやいた。
その瞬間、浩一は恐怖を覚えたが、同時に好奇心が襲ってきた。
男の言葉に引き寄せられるように、浩一は「いったい君は誰だ?そして、どうしてここに?」と尋ねた。
「私はこの本の守り人だ。」彼は答えた。
「君が読み進めれば、時間の流れを越えることができるだろう。そして、解の時が来る。」
浩一は混乱しながらも、その言葉に心が躍った。
「解の時」とは何を意味するのだろうか。
思わず彼は本の中の物語と彼自身の人生を重ね合わせていく。
何度かのつまずきや後悔、過去の選択が、思い起こされる。
彼は旅をするための言葉を示す本を、何か特別なものとして感じ取っていたが、果たしてそれがどのような代償を伴うのか考えなかった。
浩一はページを繰り、すぐに得た言葉を頭に叩き込んだ。
男の姿は次第に薄れ、浩一の周囲が渦のように回り始めた。
眩しい光に包まれているうちに、次の瞬間、浩一は全く別の場所に立っていた。
目の前には、幼い頃の自分がいた。
彼は夢中で遊んでいる。
その姿は無垢であり、浩一は思わず涙を流した。
時の流れを超え、失ったものを再び見ることができた。
しかし、彼には選択の自由がなかった。
幼い自分に出会った時、心のどこかでこの瞬間を壊したくないという願いが生まれた。
彼は思わず叫んだ。
「この時を変えたくない!」
その声が届いたのか、浩一は再び渦の中に飲み込まれ、元の図書館に戻された。
ブックカバーの縁を握り、その温もりを感じながら、浩一は頭痛に悩みつつも立ち尽くした。
男はどこかへ消え、ひとしきりの混乱が収まると、図書館の静けさが戻った。
彼は知った、時を探求することが、ただの興味ではないのだと。
過去の選択には痛みが伴い、自分自身を解放するためには何を選ぶべきか、改めて考えさせられた。
浩一は深く息を吸い込み、「時の旅人」を静かに棚に戻した。
彼に残された教訓は、この本が持つ力の恐ろしさだった。
もう二度と、時に翻弄されることはないと決意し、足早に図書館を後にした。
彼の心には、今度こそ上手に時を歩むことができるという希望が芽生えていた。