深夜の小さな町にある、古びた一軒家。
すっかり寂れたその家は、人々の記憶から消えかけていた。
しかし、その家には一つ、不気味な噂があった。
そこには「難」という名の男が住んでいるというもので、彼の存在はいつしか町の怪談となっていた。
彼に関する話は不明瞭なものばかりで、目撃した者はいないが、誰もが彼の名前を知っていた。
難は生まれつき目が見えず、耳も不自由だった。
彼の家はいつも扉が閉まり、外の音から隔絶されているように感じられた。
そのせいで周囲の住人は、彼を恐ろしい存在だと思い込んでいたが、実際のところ、彼は普段はおとなしい男だった。
自らを閉じ込め、世界と断絶した生活を送っていたのだ。
ある晩、町の若者たちが賭けをして、その家に肝試しに行くことになった。
彼らは、難の噂を信じておらず、ただの間抜けな挑戦としたのだった。
夜、彼らが古い家の前に立つと、月の光が照らすその姿は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。
若者の一人が扉を叩くと、何も返事はなかった。
しばらく待っていると、突如家の中から大きな音が響いた。
まるで何かが倒れたような、鈍い音。
それを聞いた若者たちは恐怖にかられ、さらに肝試しの雰囲気が高まった。
彼らは意を決して扉を開け中に入ることにした。
薄暗い室内に足を踏み入れると、埃まみれの家具やシーツに覆われた古い構造が彼らを迎えた。
だが、気配はまったく感じられなかった。
町の噂通り、難は見当たらなかった。
彼らはひとしきり笑いながらも、次第に恐怖心が芽生えていく。
やがて、若者の一人が「何かいるんじゃないのか?」と言い放ち、周りと騒ぎ立てた。
そんなとき、再び部屋の奥から「れ」という不思議な声が響いてきた。
それははっきりとは聞き取れず、耳の奥にこびりつくような音だった。
若者たちは恐怖で身を震わせたが、それでも好奇心が彼らをその声のもとへと導いていく。
奥の部屋に進むと、目に飛び込んできたのは、古い鏡が置かれた倒れた机だった。
鏡は薄暗く、まるで何かを呑み込むように輝いていた。
彼らがその鏡に近づくと、再び「れ」という声が響くが、今度は明確に「いけない」と聞こえた。
その声に促されるまま、若者たちは背後に何かの気配を感じた。
驚いて振り返ると、そこには難が立っていた。
彼の表情は見えないが、その空気は彼らを圧倒するほどの重みを持っていた。
難は動こうとせず、ただ彼らを見つめている。
目が見えず音も聞こえないはずの彼が、どうしてそこにいるのか、意味がわからなかった。
恐れに駆られた若者たちはその場から逃げ出そうとしたが、突然、ドアが閉まった。
彼らは必死にドアを開けようとしたが、その時、難の声が再び響いた。
「ここにいるよ、逃げてはだめだ」と。
若者たちは全身が震え、混乱に陥った。
自分たちが何をしてしまったのかを理解した時には、もう遅かった。
その恐ろしい一夜以来、若者たちは決してあの家に近づくことはなかった。
そして、難の噂はさらに大きくなり、町の人々にとって彼は恐怖の存在となった。
彼らはいつまでも、目の前に現れることのなかった難の影を心に刻みつけながら、夜の闇に飲まれていった。
彼らはもう二度と「れ」という声を耳にすることはなかったが、その時の恐怖は、消えることなく心の奥に残り続けるのだった。