漁村の小さな家に住む佐藤あゆみは、幼い頃から海が大好きだった。
毎日、波の音を聞きながら育った彼女の家の裏には、広大な海が広がっている。
しかし、その海には昔から「嗚呼、涙の海」と呼ばれる、恐ろしい伝説があった。
漁師たちは、海の深いところに住む「涙の魂」が、漁をする者に哀しい運命をもたらすと言い伝えていた。
ある日の午後、あゆみは浜辺で遊んでいると、一つの不思議な貝殻を見つけた。
鮮やかな色をしており、何か神秘的な力を持っているように感じた。
「これは私のお守りにしよう」と思った彼女は、その貝殻を大事に持ち帰った。
その夜、気になる夢を見た。
夢の中で、あゆみは海の中に沈んでしまい、誰かの泣き声が聞こえた。
目を覚ますと、涙が一筋、ぼろりと頬を伝った。
次の日、友人たちと一緒に遊ぶ予定だったあゆみは、夢のことを話すかどうか迷った。
しかし、悲しいくつろぎが心の中に居座っていた。
彼女は、そのまま波打ち際に向かうと、ひとり海を見つめていた。
すると、目の前に薄暗い影が現れた。
それは、彼女の心に深く刺さるような悲しい目をした少女だった。
「私の名前は結衣。泣かないで、あなたは本当に優しい心を持っているのね」と少女は言った。
その言葉にあゆみは目を開き、少女をじっと見つめた。
何故か彼女の心はその涙に引き込まれそうだった。
「私は、ずっとこの海で泣いているの。私の魂が安らぐことができないから」と結衣は続けた。
「あなたが持っている貝殻は、私の涙を集めたもの。私の魂を解放するためには、あなたの助けが必要なの。」
あゆみは驚いた。
「どうすればいいの?」と問いかけると、結衣は優しく微笑み、続けた。
「この海が抱える哀しみを理解し、魂を癒してあげて。そうしたら、私を解放できるの。」
あゆみは、その言葉を胸に刻むと海に向かって進んだ。
波の音が高まり、彼女の心拍も高まった。
突然、目の前に現れた大きな波が彼女を包み込み、あゆみは海の底に吸い込まれていった。
水の中で、あゆみは結衣の涙を感じることができた。
それは、彼女の悲しい思い出とともに流れ、あゆみの心に響いた。
「私は、もっと自由になりたい…」と結衣が呟き、あゆみは彼女の痛みを理解し始めた。
彼女は、自らの涙が心に深い傷を抱えていることに気づいた。
長い間、彼女の心に閉じ込めていた感情が一気に溢れ出し、二人は互いに涙を流した。
それは、結衣の苦しみを分かち合うための涙だった。
しばらくして、波が収まると、あゆみは自らの意志で浮上を試みた。
「結衣、私があなたの涙を受け止めるから、もう泣かないで!」と叫ぶと、少女の目の前から温かい光が生まれ、そのまま海を照らした。
光に包まれると、結衣は穏やかな表情に変わり、「ありがとう、私、もう大丈夫」と言った。
海の中で結衣の存在が薄れていくのを見たあゆみは、改めて彼女の魂の解放を実感した。
結衣の愛しい笑顔が記憶に残り、彼女の心が軽くなった。
再び波の音が静まると、あゆみは浜辺に倒れ込んだ。
彼女の目には涙が溢れていたが、それは悲しみの涙ではなく、解放された喜びの涙だった。
帰り道、あゆみはあの貝殻を浜辺に戻し、結衣との思い出を心に刻んだ。
もう「涙の海」とは呼ばれない、新たな海の存在が、彼女の中には生まれていた。