薄暗い窟の奥深く、湿気と闇が充満する場所に一人の男がいた。
その名は高橋健二。
彼は友人たちからの挑発に応じて、かつて多くの噂が囁かれた廃墟に足を運んだのだ。
噂では、この窟には「影」が宿っており、無言のまま人々を呪い、取り込むと言われていた。
健二は圧迫感のある空間に少しずつ慣れながらも、心の奥に忍び寄る恐怖を感じていた。
ただの噂だと思い込もうとしたが、無意識のうちに背筋がゾクゾクした。
しかし、彼の好奇心はそれに勝り、さらに奥へと進んだ。
窟の奥には、崩れた石柱とひび割れた壁があり、その中央に不気味な黒い影が漂っていた。
まるで人の形を成しているかのようなその影は、明確な輪郭を持たず、不気味に揺らめきながら健二を見つめ返しているように感じた。
「もう戻れない」と、心の中で思った健二は、恐怖よりも興味が勝り、その影との接触を試みようとした。
「呪いなんて、あるわけがない」と彼は自分を慰めるが、心の奥にある不安は増していくばかりだ。
そして、影に向かって声を掛けてみる。
「お前は誰だ？」
影は無言のまま、微かに反応するように揺らめいた。
その瞬間、周囲の空気が一変した。
窟の中が異様な静寂に包まれ、健二は不安を感じる。
「これはただの影だ」と自分に言い聞かせるが、内心では怖れが募っていた。
影に取り込まれるという恐怖が、不安の中で彼を侵食していく。
その時、彼は異常な気配を感じた。
影がじわじわと近づいてくる。
彼は後ずさりしながらも、身体が動かない。
彼の心の奥に隠されていた「狂気」が、少しずつ姿を表し始め、それに呼応するように影も動き始めた。
それはまるで、彼の内面を映し出すかのような不気味さだった。
影の声は健二の頭の中に響き渡る。
「あなたはどれほどの孤独を抱えているのか、その心の隙間を、私は知っている。」その言葉は彼の心に深く突き刺さり、否応なく彼を揺さぶった。
「私は孤独ではない！」と健二は叫んだ。
しかし、彼の声は窟に吸い込まれるように消えていった。
影は笑っているかのようだった。
「あなたの中の狂気とは、私の愛するもの。抱きしめてあげよう、とても心地よい狂気を。」
窟全体が振動し始め、健二は一瞬、意識を失いかけた。
その時、彼は自らの過去を思い出した。
彼にとっての孤独、失った友、誰もが背を向けた瞬間。
それが影と共鳴し、彼の心に呪いをかけているとしか思えなかった。
再び意識を取り戻した彼は、影が自分に襲いかかろうとしていることを理解した。
しかし、身体は動かず、恐怖に満ちた目でその影を見つめるしかなかった。
彼の心の中の闇が、影に吸収されていく感覚。
全てを解放し、狂気を受け入れる運命に抗うことはできなかった。
「あなたも私の一部になるのよ、喜びなさい！」影の声は彼の耳をつんざくように響いた。
健二はその瞬間、完全に影の中に呑み込まれてしまった。
彼の姿は窟の中から消え去り、ただの静寂だけが残された。
数日後、友人たちがその窟を訪れた時、健二の姿はどこにも見当たらなかった。
しかし、その影だけは消えることなく、今もなお新たな犠牲を待ち続けていると、誰もが恐れて口にしないでいる。
窟の中で、彼の狂気は影となり、静かに囁き続ける。
「私の孤独を、あなたに捧げる。」
