「空を見上げてはいけない」

深い森の奥には古びた神社があり、かつて村人たちが大切にしていた。
その神社には伝説があった。
「鳥の霊が宿る神社」と呼ばれ、村の人々は毎年その霊を祀るために祭りを行っていた。
祭りの最中、彼らは決して空を見上げてはいけないと言われていた。
なぜなら、その霊が現れる瞬間、彼らの思いを浸食してくるからだ。

時が経つにつれ、村人たちの間でその伝説も薄れ、祭りは形骸化していった。
神社は次第に忘れ去られ、霊も姿を消してしまったかのように思えた。
しかし、ある年の秋、若い男、佐藤はその神社を訪れることにした。
この神社の存在を知る者は少なく、彼はその静けさに魅了された。

神社に到着し、佐藤は空を見上げた。
すると、空が一瞬にして暗くなり、鳥たちが悲しげな声で鳴き始めた。
彼の心の中に、何か不安の種が芽生えた。
だが、その瞬間、森の中から一羽の白い鳥が飛び出し、佐藤の前に舞い降りた。
その鳥はまるで彼を呼んでいるかのように感じられた。

佐藤はその鳥に引き寄せられるように近づいていった。
その鳥はまるで人の声のように囁いた。
「私の願いを叶えてくれ。人々の憎しみと悲しみを解放してほしい。」その声は美しく、同時にどこか苦しそうだった。
佐藤はその声に心を奪われ、何か特別な使命を与えられたような気がした。

しかし、鳥の言葉には続きがあった。
「空を見上げた者には、代償が必要だ。」佐藤はその言葉が意味するものを理解することができず、ただ鳥に魅了され続けた。
彼は心の奥にある孤独と悲しみを感じながら、その余韻に浸っていた。

夜が訪れると、神社の周りは不気味な静けさに包まれた。
佐藤は再び鳥を探し、無意識に空を見上げてしまった。
すると、そこには無数の鳥が現れ、空を覆い尽くしていた。
彼の視界は一瞬にして強烈な光に満たされ、彼はその光に引き寄せられるように倒れ込んだ。

気がつくと、彼は神社の境内に立っていたが、周囲は前とは異なる雰囲気だった。
白い鳥は彼の前にまた現れ、その目は以前よりも呪縛されたように見えた。
「何かが変わった、早く鐘を鳴らして、私の囚われた意識を開放してほしい。覚えてしまったあなたの恐れも。」鳥は懇願するように語った。

その言葉を聞いた佐藤は、強い決意を持って鐘を鳴らすことにした。
鐘の音が木々の間に響くと、鳥たちの群れが狂ったように旋回し始めた。
彼は鳥とともに儀式を行い、村人たちに忘れられし神社の存在を思い起こさせることを目指した。

しかし、その行動の代償は大きかった。
次第に彼の心の中に宿っていた孤独と憎しみが増幅され、彼はその力に呑まれていく感覚を覚えた。
鳥の霊が彼を導いているというのに、その霊は同時に彼を深い闇へと引きずり込みつつあった。

ついに、彼はその負の感情に耐えきれずに悲鳴を上げた。
強烈な光が再び彼を包み、彼の意識は霊と融合し、その後彼は姿を消した。
村人たちは彼の行方を知らず、神社もまた忘れ去られてゆく。

そうして、佐藤は鳥の霊の一部となり、闇に飲み込まれ、彼自身の恐れが村人たちに浸透していくのを見守る存在となった。
彼の姿はもうそこにはなかったが、彼の声は今もなお、静かな森の中で囁き続けている。
「空を見上げてはならない、私のようにならぬように。」

タイトルとURLをコピーしました