静かな地方の外れに、村の古い看護婦長が住んでいた。
その名は佐藤明美。
彼女は村の診療所で長く働き、多くの患者を見守ってきた。
明美はその温厚な性格から、村の人々にとても慕われていたが、彼女には誰にも知られてはいけない秘密があった。
村の外れにひっそりと存在する「地蔵の丘」。
そこには、子供たちも近づかないという言い伝えがあった。
ある日、村で初めて子供を持った弁護士の佐々木夫妻が診療所を訪れ、明美はその赤ちゃんを診察した。
母親の美咲は心配そうに言った。
「最近、赤ちゃんがよく夜泣きするんです。何か悪いものが憑いているのでしょうか…。」明美は優しく微笑み、「心配しないで。赤ちゃんが成長する過程で、時にはそんなことがあるのよ。でも、何か気になることがあったら、すぐに来てくださいね。」と答えた。
しかし、明美の心の奥には不安が広がっていた。
夜が深まるにつれ、美咲の赤ちゃんはますます夜泣きをするようになった。
明美は彼女の言葉を思い出し、不安に駆られた。
彼女は夜遅く、地蔵の丘へ向かうことにした。
そこには村の先代たちが祀られ、その霊が村を守ると言われている。
しかし、明美の心には「る」現象が潜んでいた。
地蔵の丘は時折、過去の記憶を呼び覚ますと言われていたためだ。
丘にたどり着くと、暗闇の中、月明かりが霊地を幻想的に照らしていた。
明美は地蔵に手を合わせ、心の中で渇望を訴えた。
「どうか、あの赤ちゃんを守ってください。」しかし、静寂の中に響くはずの彼女の声は、誰にも届かない気がした。
すると、視界が歪み、地蔵の周りの空気が動き始めた。
彼女はさっきまで感じていた安堵感が消え失せ、背後に誰かがいるような気配を感じ取る。
恐れを抱きながら振り返ると、そこには白い影が立っていた。
影は、明美の失ったものを絶えず見つめていた。
彼女はそれがかつて致命的な事故で亡くした自分の子供の霊だということに気づいた。
「お母さん…私を忘れていくの?」影の声が弱々しく響く。
明美は胸が痛むほどの後悔で涙を流した。
「私は忘れていない、ずっとあなたを思っている。でも、この村には私の愛情を注ぐ赤ちゃんがいるのよ。」すると影は言った。
「私たちは一緒にいたかったのに、どうしても失ってしまったのね。」
明美は、決して忘れたことはないけれど、愛する者たちを守るためには前へ進まなければならないと理解した。
彼女は影に向かって強く言った。
「私の心には、あなたもいる。でも今は、新しい命を大切にする時なの。どうか、安らかに眠っていて…。」
その瞬間、影は再び光に包まれ、明美の目の前から消えていった。
彼女は、過去の失敗を受け入れた気持ちと共に、赤ちゃんを守るための力を取り戻した。
丘を後にすると、彼女の目には新たな希望が宿っていた。
そして数日後、明美は再び佐々木夫妻の家を訪れ、赤ちゃんの元気な顔を見て安心した。
村の人々にとって、明美は変わらず優しい看護婦であり続け、その愛情は未来の世代へと受け継がれていくのだった。