田中のぶひろは、地方の静かな町で育った青年だった。
彼は子供の頃から自然と宇宙に強い興味を持ち、特に夜空に輝く星々に魅了されていた。
大人になるにつれて、彼の関心は天文学だけでなく、心霊現象や怪談にも向かうようになった。
ある夜、彼は不思議な話を友人から聞いた。
それは、町の外れにある古い井戸にまつわる怪談だった。
井戸は「命の井戸」と呼ばれ、そこに近づいた者は、自らの過去を直視することになるという。
不幸にも、その井戸から生還した者はいないとも言われていた。
しかし、のぶひろはその話に心を惹かれ、勇気を振り絞って井戸を訪れることに決めた。
その晩、のぶひろは懐中電灯を手に井戸へと向かった。
夜空には無数の星が輝き、彼の心を高揚させた。
しかし、井戸に近づくにつれて、何か不自然な沈黙が辺りを包み込んでいるのを感じた。
草むらの音、虫の声、一切が消えたように思えた。
井戸の縁に立つと、そこには古びた木製の蓋が置かれていた。
のぶひろは強い好奇心に駆られ、蓋を持ち上げた。
その瞬間、ひんやりとした空気が彼の頬をかすめ、暗闇から何かの気配を感じた。
彼は頭を振り、気を取り直して井戸を覗き込む。
しかし、底は見えないほどの深さだった。
「いけない」という彼の内なる声を無視し、のぶひろは思い切って井戸の下に向かって声をかけた。
「誰かいるのか？」すると、空気が重く感じ、微かに「いらっしゃい…」という声が響いた気がした。
彼は恐れて足を引くが、恐怖心よりも好奇心が勝り、懐中電灯を深く差し込んでいった。
光が井戸の壁面を照らすと、そこには不気味な模様や文字が刻まれているのが見えた。
それは「過去の記憶は現を照らす」という言葉だった。
のぶひろは背筋が凍る思いをしながらも、さらに井戸の奥に向かって進むことを決意した。
「行かせてあげるから…」という声が再び耳に残る。
彼は心の中で反発しつつも、その声は自分の過去の出来事を引きずり出そうとしている気がした。
彼は何度も自問自答した。
果たして何を得ようとしているのか？この井戸から生還することができるのか？恐怖と期待が交錯する中、彼はさらに奥へと進む。
突如、暗闇の奥から人影が現れた。
それは過去の自分自身であった。
子供の頃に抱いた夢、友人との楽しい思い出、そして失ってしまった人々の悲しみ…。
彼はその影に向かって、「君は誰だ？」と問いかけた。
影はただ微笑んで見つめ返す。
次第にのぶひろはその影の正体を理解した。
それは彼が直視したくなかった自分の過去だった。
彼は涙を流しながら、その影に向かって「許してくれ」と呟く。
しかし、影は首を横に振り、彼をさらに井戸の深淵へと引き込もうとした。
「君が眼を背けたものにこそ、答えがあるのだから」と言わんばかりに。
しかし、のぶひろは自らの過去を受け入れるべく、再び行動を起こした。
「私はもう逃げない！すべてを受け止める！」彼は叫び、次の瞬間、光が井戸の中に広がった。
影は一瞬怯み、そして消えた。
彼の周囲に温かさが戻り、井戸の中から引き上げられる感覚を味わった。
井戸を離れると、月明かりが彼を優しく包み込み、夜空に輝く星々が彼に微笑んでいるように見えた。
のぶひろは、自分の過去を受け入れたことで、心の中に平穏が戻ってきたのを実感する。
それ以来、彼は心霊現象や怪談の真実にも向き合える勇気を持つようになり、星空を見上げるたびに「過去は私の一部」と思えるようになった。
