「失われた音の囁き」

薄暗いある冬の夜、高校二年生の健太は、自宅の近くにある古びた神社に肝試しに行くことを決めた。
彼の友人たち、真紀と浩司も一緒に行くことになった。
神社には「夜になると音が失われる」という奇妙な噂があった。
彼はその噂の真相を確かめたくてたまらなかった。

神社に到着すると、月明かりに照らされた境内は静寂に包まれていた。
木々の間から漏れる寒い風が、彼らの背筋をゾクゾクさせた。
「これが噂の神社なんだな」と浩司がつぶやいた。
真紀は少し怖がりながらも、彼らの後について行った。

健太は境内の奥にある社の方に進んでいく。
「ほら、あそこの社に行ってみよう」と言い、彼は二人に手招きした。
社の前まで来ると、ふと足を止めた。
なんとなく、さっきまで聞こえていた風の音が、まるで遠くから消え去ってしまったかのように静かになっていた。

「健太、何かおかしいよ…」真紀の声が不安げに響く。
「大丈夫、ただの噂だよ。」健太は自分を勇気づけるためにそう言った。
しかし、その言葉すら、彼の心の中に不安を呼び起こした。

健太は社の中に入ってみることにした。
扉を押し開けると、黒い空間が彼らを迎えた。
中は薄暗く、何も見えない。
懐中電灯の光が、彼の手から漏れ出す。
彼が周囲を照らすと、壁に古い神木の彫刻が施されていた。
その彫刻には、失われた音を象徴するような不気味な姿が描かれていた。

「これ、ちょっと気持ち悪いね…」浩司が言った。
不安に駆られた彼は、後ろを振り返った。
しかし、彼の背後にあったはずの社の入口は、今や真っ暗で、彼らの懐中電灯の光が届かない場所にあった。
まるで、社の扉が閉じられたかのようだった。
心臓がドキリと高鳴った。

「出口が…見えない!」真紀が慌てて言った。
恐怖に襲われた三人は、もがきながら出口を探したが、まるで存在しないように感じた。
外からの明かりは、やがて完全に消え落ちていった。
すると、またもや周囲の音が嘘のように失われていく。

「ここ、何かおかしいぞ…」健太の声も消えかけた。
彼は恐怖で身体が固まった。
しかしながら、彼は自分たちがこの場所から逃れる方法があるはずだと信じていた。
彼はもう一度懐中電灯を点け、周囲を照らし続けた。
すると、ふと目の前に一つの人影が浮かび上がった。

それは、古びた服を身にまとった少女の姿だった。
彼女は音を失った空間の中で静かに笑っていた。
その笑顔は一見無邪気だったが、どこか冷たいものを感じさせた。
健太は思わず後ずさりし、真紀と浩司に背を向け、彼女に問いかけた。
「大丈夫ですか?」

しかし、彼女は何も答えなかった。
ただその場で彼を見るだけだった。
その瞬間、彼は心に恐怖と同時に、失った音の意味を理解してしまった。
彼女は、彼らが失った「音」を求めていたのだ。

「もう逃げられない…」浩司の絞り出すような声が耳に入った。
その時、周囲の温度が一気に下がり、健太は凍りついた。
彼は思わず真紀の手を強く握りしめた。
もう一度、彼らは出口に向かおうとしたが、少女の笑い声が鳴り響き、いつの間にか社全体が彼らを取り囲んでいた。

「失った音が戻らない」という言葉が、次第に健太の心の中で反響し始めた。
彼らは音を失い、この場に永遠に囚われてしまうかもしれないという不安が押し寄せた。
社の中にいる限り、彼の意思とはうらはらに、どんどん周囲が静まり返っていく。
彼は恐怖に沈みながら、振り返ると、少女が近づいてくるのを感じた。

彼の心に響く問いが立ち上がる。
「失った音とは、一体何なのだろうか?」その思考の果てに、彼はもう一度、深い静寂の中で、その少女の微笑みと共に永遠に消えてしまう気配を感じた。
彼らはその瞬間から、失った音の中に呑み込まれる運命を辿り始めた。

タイトルとURLをコピーしました