「忘れられた影」

深い山々に囲まれた小さな村。
そこには一つの古い学校があった。
校舎は薄汚れ、教室の窓は割れ、まるで忘れ去られたかのような印象を与えていた。
村人たちは、この学校には恐ろしい噂があると口を揃えて言った。
ある日、村に住む高校生の佐藤健二は、友人たちと共にその学校に肝試しに行くことに決めた。

友人たちの中には、いつも勇敢を気取っている高橋と、臆病な小川がいた。
健二は、彼らがどんな反応をするのか楽しみにしていた。
学校の門をくぐり、暗い廊下を進むにつれて、緊張した空気が彼らを包んだ。
呼吸が重くなり、心臓の鼓動が速くなっていく。

「まだ、大丈夫だろ?」高橋が声をかけたが、彼の声は少し震えていた。
そのとき、突然、廊下の照明がパッと消えた。
周囲は真っ暗になり、彼らは冷たい汗をかいた。
健二は携帯電話のライトを点けて、周りを照らしたが、見えるのはただの壁と埃だらけの床だけだった。

「戻ろう、これはおかしいよ」と小川が言ったが、健二はかすかに「行こう、まだ何も見ていないじゃないか」と返した。
その瞬間、後ろから電流が走ったかのような感覚が背筋を駆け抜けた。
誰かが近くにいるような、冷たい視線を感じた。

「何かいる……!」高橋が叫び、振り返る。
その瞬間、廊下の奥から、ぼんやりとした光が現れた。
青白い光が徐々に近づいてくる。
健二はその光が不気味すぎて動けなかった。
友人たちも同じように立ち尽くし、口を開けたまま、その光に見入っていた。

光の正体が明らかになると、そこには女の子の姿があった。
彼女は制服を着ており、髪は乱れて無惨な表情をしている。
目は虚ろで、不気味な微笑みを浮かべていた。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、指を指差した。
「待って、戻ってきて……私を消さないで。」

突然、彼女の声が健二の胸に響いた。
それは彼がこれまで聞いたことのない、悲しみと絶望が混ざった声だった。
何かを求め、訴えているのが感じ取れた。
健二は心が痛む思いで、「誰なの?どうしたの?」と尋ねるが、彼女は答えず、ただ仁王立ちで立っていた。

その瞬間、今度は真っ暗だった廊下に、電流のような音が響き渡った。
健二は反射的に後退り、高橋と小川も恐怖で表情を歪めていた。
次の瞬間、廊下の壁が揺れ、彼女は消え去ることなく、さらに近づいてきた。
彼女の口から「探しているの……私を探して……」と繰り返す声が響き渡る。
彼女は明らかに彼らを求めているようだった。

「行こう!」高橋が叫び、全員一斉に廊下を駆け出す。
恐れを抱えながらも、出口へ向かって必死に走った。
しかし、振り返ってみると、その女の子はいつの間にか仲間の一人、健二の後ろについていた。

「助けて……消さないで」と彼女が耳元で囁く。
健二は最早恐怖に耐えられず、必死で突き進むが、次第に肉体も心も疲れ果てていった。
それでも、彼女の言葉が頭から離れなかった。
彼女は何を求めているのか?

やがて、廊下の先に光が見え始めた。
彼らはその明るさに導かれるように駆け込み、なんとか学校の外へたどり着く。
振り返ってみると、もうあの不気味な女の子は見えなかったが、健二の胸に謎の重苦しさが残っていた。

その夜、健二は夢を見た。
夢の中で、彼女が現れ、「私は忘れられた。消えないで、私を忘れないで。」と泣いていた。
その声に心が締め付けられる。
彼は彼女の本名を忘れられない。
彼女はただの影として、彼の心の中に生き続けるのだった。
それ以来、健二はその学校の話をするとき、彼女の名を口にすることを避けるようになったが、その思いは決して消えないのだった。

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