ある時、若き登山者の佐藤亮は、友人たちと共に美しい山々が広がる秘境へ向かうことを決めた。
彼は自然の美しさを愛し、特に星空を見上げるのが好きだった。
彼らが目指したのは、地元で「望の山」と呼ばれる場所だった。
それには古くからの言い伝えがあり、夜空に輝く星々が人々の望みを叶えると信じられていた。
登山初日、亮は陽が沈むにつれて高揚感を覚えた。
しかし、彼らが山の中腹にある小道を歩いていると、急に空模様が変わった。
暗い雲が立ち込め、冷たい風が彼らを包み込んだ。
友人の岩田が「ここ、やばくない?」と心配する声を上げたが、亮は「大丈夫、望の山の星を見に行こう!」と無理やり明るく振る舞った。
夜になり、彼らは山の頂上に辿り着いた。
その眺望は想像を超えた美しさで、満天の星々が彼らを照らしていた。
亮は、心の中で日頃の悩みや希望をそっとつぶやいた。
「どうか、私の願いを叶えてください。」彼のその言葉は、山の静寂の中に溶け込んでいった。
しかし、次の瞬間、彼の周囲が不気味に静まり返った。
友人たちの笑い声は消え、まるで別の世界に迷い込んだようだった。
亮は不安を抱えながら再び空を見上げた。
その時、何かが背後から自分を見つめているような感覚がした。
振り返ると、そこには漆黒の影が立っていた。
まるで何かから逃れようとするかのように、彼は恐怖に駆られた。
その影はゆっくりと近づいてきて、言葉を発した。
「あなたの望み、何なの?」その声は冷たく、まるで風が囁くような音色だった。
亮は声を失い、自分の口から出たのは「自由になりたい」という嘆きだった。
その言葉が響くと、周囲の風景が一瞬で変わり、彼が知っている山の姿が歪み始めた。
仮にその言葉で何かが変わると思い、亮は混乱した。
「何を望んでいるんだ!早く逃げよう!」と叫ぶ友人たちの声が遠くに聞こえたが、彼の目の前の影は無言のまま動かなかった。
それからの出来事は記憶に曖昧に残っている。
友人たちは次々と消えていき、亮は月明かりの中、山の中にたった一人残されていた。
孤独と恐怖に襲われた彼は、空を見上げることもできなかった。
その時、心に押し寄せたのは、真実へと迫る重い空虚感であった。
彼は何度も「帰りたい」と願った。
しかし、望みは叶わず、彼は山に封じ込められてしまった。
山の一部になったかのように感じながら、何度も何度も自らの願いを思い出すことになった。
彼の周りには、かつての友人たちの笑顔も、星空の美しさも、もう存在しなかった。
その後、何ヶ月かが過ぎ、登山を楽しむ者たちがその山にやってくるたび、亮はそれを見つめていた。
彼の声は誰にも聞こえないが、星空の下で彼は今も心の奥に隠した「自由になりたい」という望みを抱え続けている。
誰かが彼の代わりに願ってくれることを、切に願いながら。
山の静寂に包まれた夜空には、彼の望みがこっそりと封じ込められていたのだ。