田中健太は、視力を失った盲の青年だった。
彼は生まれつき目が見えないため、世界の色や形を知ることはなく、音や匂い、触覚を頼りに生きてきた。
そんな彼の唯一の楽しみは、友人たちと語り合うことだった。
特に怪談話を聞くのが好きで、暗い場所で語られるできごとに恐怖と興奮を感じていた。
ある日のこと、健太は友人に誘われ、近くの墟(廃墟)に行くことになった。
友人たちは、そこにまつわる忌むべき噂を語り合い、その全貌を探ろうと意気込んでいた。
健太自身は、目は見えないが、心の中で想像を巡らせることが好きだったので、考えただけで興奮していた。
墟に着くと、周囲は静まり返っていた。
友人たちは話を続け、健太は耳を澄ませて周囲の音を感じ取る。
風が吹いたり、葉がこすれたりする音が、背後から聞こえてくる。
だが、なんだかいつもとは違う気配がする。
彼の感覚が鋭くなり、思わず身震いした。
「ここは本当に不気味だな」と友人の一人、佐藤が言った。
「夜になると、誰かが消えるって噂だ。最後にこの場所に来た人は、二度と帰れなかったらしい…」
その言葉が耳に残り、心に恐怖の種を植え付けていく。
健太は恐怖を感じながらも、心の奥では何か引き寄せられるような感覚を隠しきれなかった。
盲目の彼にとって、この空間は無の世界であり、想像を膨らませるには最高の場でもあった。
時間が経つにつれ、友人たちは興奮し、最初の怖さを忘れてしまったようだ。
しかし、健太の心には何か違和感が募っていた。
何度か小さな不安に心をかき乱されるも、その感覚を無視しようとした。
ふと、健太は自分の周囲に何かがいることに気がついた。
それは、静かに呼吸をしているかのような、微かに感じる存在だった。
彼に言葉はなく、ただ健太を包み込むように広がっていく。
その存在はまるで、彼を弱い光で包む霧のようであった。
「みんな、戻ろうぜ」と誰かが言った。
健太は彼らの声を耳にしたとき、自分がまだこの場所にいることを意識した。
だが、その瞬間、健太の横にいた友人の声がいつの間にか消えたように思えた。
彼は慌てて振り向くが、友人たちの足音がどこか遠くなり、ただ無音の世界が広がっていた。
「佐藤? 健二?」声を上げるが、戻ってくる返事はなかった。
健太は不安に震え、再度友人たちの声を求めたが、彼の耳には何も届かなかった。
彼はその場に立ち尽くし、全てが黒に包まれていく感覚に襲われる。
目の前の空間が徐々に消え去り、自分を取り巻いていた存在が一つずつ、消えていくようだった。
感覚が麻痺し、恐怖の中で彼はただ立っていることしかできなかった。
いつしかその場所は、彼の心の中で忌むべきものとなり、恐怖の象徴を語り繋ぐ墟へと変わった。
そして、彼はただ静寂が広がる世界に放り出されたまま、時間の感覚すら失ってしまった。
健太の心にこびりついた深い恐怖と共に、消えた友人たちの声だけが心に響き続けた。