「消えた願い」

ある町に古くから伝わる神社があった。
その神社の名前は「消神社」。
昔から神に仕える者たちによって、大切に守られてきたが、近年、その存在すら忘れ去られ、人々は足を遠ざけるようになっていた。
しかし、その神社には一つだけ、願いが叶った者は消えてしまうという恐ろしい伝説があった。

ある日、大学生の松本は、消神社のことを友人たちから聞いて、好奇心に駆られた。
伝説は単なる噂だろうと高を括り、友人の田中と共に神社を訪れることにした。
松本はその日、特に叶えたい願い事があった。
それは、ずっと想い続けている彼女、佐藤との関係を進展させたいというものだ。

夕暮れに消神社へと辿り着いた松本と田中は、沈んだ空気に包まれた神社の雰囲気に少し戸惑った。
しかし、それを気にせず、松本は神社の奥にある大きな木の前に立ち、神に願いを捧げることにした。
田中はその様子を見守っていたが、なんとなく心配そうな表情だった。

「神よ、私の願いを聞いてください。佐藤ともっと親密になりたいです」と、松本は心を込めて願った。
その瞬間、周囲が急に静まりかえり、風がぴたりと止んだ。
松本は背筋に寒気を感じたが、それでも願いが叶うことを信じた。
すると、大きな木の枝が揺れ、何かが松本の心に入り込む感覚を覚えた。

「効いたのか?」と田中が声をかけると、松本は頷いた。
しかし、その時、松本の心の中に薄暗い影が忍び寄ってくるのを感じた。
頭の中で「消えたい」という声が囁く。
それは他人の声ではなく、自分自身の内なる声のように思えた。

その晩、松本は異様な夢を見た。
彼女の佐藤が笑顔で現れ、「消神社に行ったんでしょう?あなたの願いを叶えてあげる」と言った。
その瞬間、夢の中の佐藤は徐々に透明になり、消えていった。
目が覚めた時、松本は不安を抱えていた。

翌日、松本は佐藤に声をかけようとしたが、何も話せずに終わってしまった。
彼の心の中で不安が膨れ上がる。
夢の影響なのか、自分が願ったことの結果なのか、身動きが取れなくなっていた。
そんな時、ふと田中が言った。
「松本、最近おかしくないか?佐藤とも疎遠になっているように見える。」

その言葉に松本は思わず自分の状況を考え直した。
実際、彼女に対する想いは強かったはずなのに、どうしても口に出せなかった。
松本は再度、消神社を訪れる決意をした。
自らの願いの果てに何が待っているのかを確かめるために。

神社に着いた松本は、再び大きな木の前に立って願いを捧げようとした。
しかし、周囲の気配が素晴らしく変わっていた。
彼が立っている場所全体から、言葉のない圧力が感じられた。
彼の心の中で「消えたい」という声が千切れるように響く。

恐れに駆られた松本はその場から逃げ出した。
田中も彼を追ったが、松本が逃げるほどに、彼の存在感が薄れていくのが分かった。
田中は思わず叫んだ。
「松本、どこへ行くんだ!お前は誰にも消えない、って言ったじゃないか!」

しかしその声は空気に溶け込み、松本の目からは田中の姿もどんどんと消えていった。
いつしか彼には「消神社」の存在が実感として迫り、喉の奥が渇くように揺らいでいた。

消神社にはもう一つの伝説がある。
それは一度願いをかけた者は、自らの意思に関係なく消えるというものだ。
松本もまた願いの代償を支払うために、静寂の中に消えていった。

消神社の前に立つ樹木は変わらずそこにあるが、松本の存在は二度と戻ることはなかった。
そして、人々はその神社のことを忘れ、また新たな話を広めていくのだった。

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