静かな田舎町にある古びた神社、その名も「来無神社(くるなしんじゃ)」は、村の外れにひっそりと佇んでいる。
町の人々にとって、この神社は特別な場所ではなかった。
むしろ、訪れる人は少なく、年に一度の祭りの際にさえも、あまり注目されることはなかった。
しかし、そこには長い歴史とともに、語り継がれてきた言い伝えがあった。
村人の中でも特に興味を持っていたのは、若い夫婦の春夫と美香だった。
二人は、ある晩、神社にある古い石の祠が「生」と「死」の狭間を繋ぐ場所だと聞き、興味本位で探索に出かけることにした。
春夫は、遺族から話を聞いたことで、様々な「現象」が伝えられる神社にワクワクしていた。
一方、美香はどこか不安を抱えつつも、愛する夫の興味に付き合うことにした。
月明かりの下、神社に辿り着いた二人は静寂に包まれた。
祠はひっそりと佇み、周囲には干からびた木や雑草がうっそうと生い茂っている。
春夫が祠の前に立ち、「これが噂の祠か…」とつぶやいた瞬間、鈍い音が響き、背後から誰かの視線を感じたような気がした。
「春夫、なんだか寒気がする…」美香がつぶやくと、春夫は「大丈夫さ、何も起こらないよ」と笑い飛ばした。
しかし、何かが気になるようで、彼の心には得体の知れない恐れがよぎった。
二人が祠の中をのぞき込んだ瞬間、思いもよらぬ光景が広がった。
中には小さな鏡があり、そこに映った自分たちの姿が逆さまになっていた。
春夫はそれを見て驚き、「これ、ほんとにおかしいな」と言った。
不安を抱えつつも、春夫は鏡に手を伸ばしたその瞬間、強く引き寄せられる感覚に襲われた。
美香は叫び、春夫の腕を掴んだが、彼の体は吸い込まれるように鏡の中へと入っていった。
「春夫!」彼女は涙を流しながら叫ぶが、彼の声はもう届かない。
その翌日、美香は町の人々に助けを求めたが、誰も神社に行こうとはしなかった。
「あそこは壊れた場所だ」とだけ皆が言う。
美香はどうしても春夫に戻ってほしかったので、一人で神社に戻ることにした。
恐れや不安が渦巻く中、彼女は再び来無神社に足を運んだ。
神社に着くと、恐怖心がこみ上げてくる。
「生」と「死」、そして彼女の目の前にはただの石の祠。
だが、彼女の心には「復」の思いが灯っていた。
何とか春夫を戻さなければならない。
美香は決意を固め、鏡に向かって「戻ってきて、春夫!」と叫ぶ。
その瞬間、周囲がざわめき始め、神社の静寂が破られるように風がうねり、暗雲が空を覆った。
鏡の中から春夫の声が聞こえる。
「美香、助けて…。」彼女は再び、力を込めて叫んだ。
「私はあなたを失いたくない!」
次の瞬間、鏡が大きくひび割れ、周囲に衝撃が走った。
美香はそのひび割れた鏡の向こうに春夫の姿を見た。
彼が手を伸ばしている。
その瞬間、彼女は全力で駆け寄り、手をつかんだ。
周囲の光が強くなり、二人は一緒に引き寄せられるように並んで立っていた。
静けさが戻った。
振り返ると、鏡は無くなり、ただの石の祠に戻っていた。
さまよい続けた二人には、再び一つの「間」が戻ってきた。
彼らは、どんな絆にも壊れた部分があっても、それを復活させる力を信じ合ったのだ。
春夫と美香は、村に戻り、神社の言い伝えを村人に伝えながら、人生を共に歩んでいくことを決意した。
彼らの心には、以前と同じものが戻ることはなかったが、互いに続く絆の強さが何よりも強いものであることを知った。