静かな村の隅、老人たちが語り継いできた「聖なる森」があった。
その森は、長い間村人たちに神聖視されてきたが、一方で怖れられもしていた。
その理由は、森の深奥に住む「影の住人」の伝説であった。
村人たちは、この影の住人を「け」と呼び、子供たちには近づかないようにと教え込んできた。
ある日、大学生の新田は友人たちと共にその森を探検することにした。
彼は論理的思考を重んじる青年であり、迷信を笑い飛ばしては真実を追求する姿勢があった。
「俺たち、けなんて信じないぞ。何もない空間をただ歩くだけだ」
新田は友人たちの前で宣言した。
友人たち、特に美佐と太樹は新田の挑発に乗り、森へと足を踏み入れた。
太樹は自分のカメラでその模様を撮り続けていた。
林を抜けてゆくうちに、次第に周囲の木々が密集し、明るさが失われていく。
森の静寂は重く、異様な緊張感が漂っていた。
やがて、彼らは小さな空き地に出た。
そこには古びた石の鳥居が立っており、不気味な雰囲気を纏っていた。
「どうする?」と太樹が尋ねると、新田はそれを無視して鳥居の下をくぐった。
瞬間、冷気が彼の背筋を走り、何かに見られている感覚が襲ってきた。
「帰ろう、こんなところやめようよ」と美佐が言ったが、新田は興奮していた。
「俺がけを証明してみせる!」と叫んでさらに奥へ進もうとした。
その瞬間、周囲の木々が不自然に揺れ、彼らの視界が歪んでいった。
まるで彼らを取り囲むように影が伸び、森全体が彼らを包み込むかのようだった。
「新田、戻ろう!」太樹は後ろを振り向いたが、目の前には静寂と影のみが広がっていた。
彼らは迷ってしまったのだった。
進む道も、戻る道も分からなくなり、恐怖が心を折っていく。
「あれ…見て!」美佐が声を上げた。
彼らの前に、小さな小川が流れる場所が現れ、その周囲には様々な人形が置かれていた。
それは村人たちが捨てたものだろうか?何かが薄暗い水面に浮かび上がり、動くような気配を感じた。
その瞬間、太樹のカメラが鳴り、ふと気づくとその映像が生配信されていることに気づいた。
「これが実際のけの存在の証明だ…!」新田が興奮しながらカメラに向かって叫ぶと、背後から不気味な声が響いた。
「その影、捕まえたら動かないよ…」
振り返ると、そこには小さな子供のような影が立っていた。
しかし、彼の目は虚ろで、笑みを浮かべていた。
彼らは慌てて森から逃げようとしたが、影がすぐに近づいてきた。
「罠だ…出れない…」新田は恐怖で声を失った。
影は彼らを囲み、心の隙間を埋めるように迫ってきた。
逃げるために手をつないで走るが、どんどんと影に飲み込まれていく。
照らされた森の明るさが消え、恐怖が頂点に達したとき、影が美佐の手を引っ張り、彼女だけが姿を消した。
「美佐!」新田と太樹は必死に叫ぶが、彼女の声は徐々に遠ざかっていく。
その後、新田と太樹はなんとか森を抜け出し、村へ戻った。
彼らは心の底から恐れおののいていたが、美佐の存在だけが空虚のままで消えてしまったことを二人は直視できなかった。
村人たちに真実を伝えても、彼らの言葉は響かなかった。
「もう二度とあの森に入るな」と警告されるだけだった。
新田も太樹も、自分たちがどれほど恐ろしい罠にはまったのかを理解していなかった。
彼らの心の中には、影が潜んでいたのだった。