「失われた念の世界」

夜の帳が下り、街の喧騒が静まり返る頃、渡辺優樹は自宅の部屋で一人、古い本を広げていた。
その本には、「レ」と名付けられた不思議な世界についての記述があった。
優樹はその世界にまつわる怪談を聞いて以来、すっかりその魅力に取り憑かれていた。
心のどこかで、彼はその「レ」という世界に足を踏み入れたくてたまらなかった。

そんなある日、友人の智子と電話で話していると、彼女もまたその本に興味を示した。
優樹は、心の底から感じた思いを口にした。
「智子、一緒にこの世界に行ってみないか?」智子は一瞬驚いたようだったが、すぐに興味を持ち、「それ、面白そう!行こう!」と答えた。

彼らは、日付を決めて「レ」に入る計画を立てた。
優樹はその本に書かれている方法を試すことにする。
特定の時間、特定の言葉を唱え、気持ちを合わせることで、念を送るというものだった。
約束の日、二人はそれぞれの部屋で心を合わせるべく、静かに目を閉じた。

数分後、優樹の目の前に不思議な光景が広がった。
まるで夢の中にいるかのようだった。
色彩が輝き、音が鮮やかに響く。
周囲には自分とは異なる人々が歩き回っていた。
彼らは優樹を認識しているようで、にこやかな表情を向けてきた。
優樹は興奮しながら、しばらくその世界を楽しんでいた。
しかし、その楽しさは長くは続かなかった。

突然、周囲の雰囲気が変わり、冷たい風が彼を包み込んだ。
いつの間にか、彼は一人ぼっちになっていた。
智子との心のつながりが失われた感覚が、彼に恐怖をもたらした。
彼は心の中で叫んだ。
「智子、どこにいるんだ?」しかし、応答はなかった。

不安に駆られながら、優樹は周囲を探索し続けた。
人々の姿は次第に薄れていき、代わりに影のような存在が彼の周りを取り囲む。
彼は「レ」の世界が思っていた以上に危険だということを理解し始めた。
そんな中、彼は自らの念が強ければ強いほど、現実世界とのつながりが薄れていくことに気づく。

優樹は必死に念を送り続け、この世界から脱出しようとした。
その時、彼は智子の存在を感じた。
「智子!」と叫んだ瞬間、彼は彼女の姿を見つけた。
智子は不安そうな表情で立っていたが、彼女の視線の先には一つの影が見えた。
それは「レ」のこの世界を統べる者のようで、彼女を魅了しつつあった。

「優樹、一緒に逃げよう!」智子は叫んだ。
優樹は彼女の手を掴み、心を合わせて念を送り続けた。
しかし、その瞬間、影が彼女を掴んだ。
優樹の目の前で、智子が影に呑み込まれてしまった。
優樹は絶叫した。
「智子!」その声は無情にも虚空に消えていった。

彼は絶望感に襲われながらも、必死に心を整え、「帰る」と念じ続けた。
やがて、周囲がぼやけ始め、風の音が遠くに感じ始めた。
優樹は最後の力を振り絞り、「智子、必ず戻る!」と叫んだ。
次の瞬間、彼は自分の部屋に戻っていた。

しかし、優樹の心には重い闇が横たわっていた。
智子は戻ってこなかった。
彼は「レ」の世界で何が起きたのかを思い返し、心の中での念の恐ろしさを痛感していた。
時が経つにつれて、彼はこの出来事を忘れようとしたが、彼女の声が心にこだまし続ける。

そして、日々が過ぎるうちに、彼は街中で智子に似た姿を見かけることがあった。
それは決して同じ人ではなかったが、彼の心の中には彼女の記憶が確かに生き続けていた。
優樹は心の奥底で告げる。
「もう一度、挑戦するべきか」と。
だが、その思いの裏には、「終わりのない闇が待っている」という恐怖が影を落としていた。

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