静寂が支配する夜の墓場。
月明かりが薄明るく照らすその場所には、古びた墓石と、長い年月に苔むした土が広がっていた。
井上和也は、友人たちとの肝試しに誘われ、ひとりここに来ていた。
幼少期に祖父から聞いた話が頭を過ぎる。
「墓場には、決して触れてはいけないものがいる」と。
その言葉が、今さらのように和也の心に響いていた。
彼は自分がいる場所がどれほど不気味かを痛感し、友人たちの存在が心強く感じられた。
やがて、彼は墓石の一つに視線を向けた。
それは風化とともに読みづらくなった刻印があったが、名前だけははっきりと浮かび上がっていた。
「佐藤美香」。
彼女の命日が記されており、驚くことに、彼女は和也と同じ年齢で亡くなっていた。
その瞬間、和也は背筋に冷たいものを感じた。
彼は友人たちにそのことを伝えようとしたが、彼らはすでに別の墓石を囲んで笑っていた。
和也はその会話に耳を澄ませ、彼らの顔を見つめたが、急に彼の心に不安が駆け巡った。
美香という名前が一体何を意味しているのか。
そのとき、彼の視界の端に、白い影がスッと通り過ぎた。
思わず振り返ると、そこには誰もいなかった。
心臓が高鳴り、彼は一瞬、目の前の景色が歪むのを感じた。
「おい、和也、何をしてるんだ？早くこいよ！」友人の呼びかけにハッと我に返ると、仲間のもとに戻ったが、不安な気持ちは消えなかった。
その後も時間は過ぎ、友人たちは明るい思い出を語り合うが、和也は自分が何か異変を感じていることを伝えられずにいた。
仲間たちの笑い声が夜の静寂を破り、彼自身は次第に孤立感を抱いていた。
ほどなく、和也は再度、あの墓石の方へ吸い寄せられるように歩き始めた。
周囲の気配から逃れられない気がした。
気がつけば、彼は佐藤美香の墓に立っていた。
無言の中に漂う静けさが、彼の心の底に響く。
和也は手を伸ばし、墓の周りにひっそりと立つ草を指先で撫でた。
その感触に、何かが彼を引き寄せるように感じた。
「私を呼んでいるのか？」その声は耳ではなく心の奥から聞こえ、彼の背筋を凍らせた。
和也は思わず振り返り、誰もいないことを確認したが、その声は再び彼の耳に入り込んできた。
「助けて…」。
彼の目に映ったのは、墓の中で微かに光る人影だった。
今まで気づかなかったが、墓の周囲には何かが息を潜めているかのように存在していた。
その一瞬、和也はその影に意識を奪われ、行動が制限された。
自分の意志を奪われ、恐怖が彼を包む。
「私の名前を…呼んで…」というその声は、感情を伴って囁く。
圧倒的な存在感に和也は耐えきれず、口を開いた。
「佐藤美香…？」彼の言葉が届いたと感じるや否や、目の前の影がゆっくりと姿を現した。
それは彼女の姿、和也と同じ年齢の美しい少女だったが、その顔には憐れみと悲しみが混ざり合い、彼の心を苦しめていた。
「どうして私を呼んだの？」その声は柔らかく、同時に冷たさを帯びていた。
和也は言葉に詰まり、ただ言葉を失った。
彼女は一歩近づき、彼の手を優しく掴む。
「私を救って。私の痛みを分かって…」その瞬間、彼の視界が暗くなり、彼は少しずつ意識が遠のいていくのを感じた。
彼の記憶が徐々に消え、彼の存在が墓の中に吸い込まれ、次第にその影すらも薄れていく。
それからというもの、彼の姿は墓場から消えた。
彼の友人たちは、和也が帰ったことも気づかなかったが、夜の静寂の中、一度は話を聞いたことがあるかのように、名も知らぬ誰かのささやきが墓場に響いていた。
「彼を解放して…ここから出して…」
