夏の終わり、友人たちと一緒に訪れた離島でのことだ。
私たちは、日中の海水浴を終え、夕暮れに差し掛かると、近くにあった神社へと足を運んだ。
神社は人里離れた場所にあり、周囲には鬱蒼とした森が広がっていた。
その日は特に蒸し暑く、何か気味の悪い雰囲気が漂っていた。
神社に辿り着くと、境内は思いのほか静まり返っていた。
私は友人の美咲、健太、優子と共に不安に感じながらも、少しずつ神社のしきたりに従って納められたお守りを見たり、神主のいない社務所を覗いたりしていた。
美咲が「この島には‘あの手’の噂があるらしいよ」と言い出した。
その‘あの手’というのは、亡くなった人の手が現れ、道を示すという伝説だった。
「それ、どういう意味?」健太が訊ねると、美咲は続けた。
「夜になると、誰かの手が道を指し示すらしい。そこに行った人は、決して戻ってこないって。」私たちはその言葉に戸惑いつつも、恐ろしさよりも好奇心の方が勝っていた。
「ちょっと見に行こうよ、あの手が本当にあるのか確かめてみよう!」優子が盛り上げると、私たちは、神社の裏手に続く森へと向かった。
暗くなるにつれ、周囲の音が消え、足元さえも不安になるような静けさに包まれた。
それでも、私たちは森を進み、目の前に現れた道を見つけた。
そこには、一見何の変哲もない細い道が続いていた。
しかし、道の先には真っ暗な奥行きが広がっていて、何かが潜んでいるようだった。
しばらく歩いていると、突然腕のひんやりした感触がして、私は驚いて振り向いた。
誰もいなかった。
動揺しつつも、私たちはそのまま進んでいった。
さらに進むと、薄暗い場所でようやく目にしたもの。
それは、まるで生きているかのように動く手だった。
道の真ん中に立つそれは、青白く透き通り、強い光を放っていた。
私たちの目の前に出てきたその手は、まるで「こちらへ来て」と誘うかのように動いていた。
「これが…‘あの手’?」美咲は震えながらつぶやいた。
私たちは怖れを抱きながらも、好奇心が勝り先へ進んだ。
様々な感情が渦巻く中で、私は思わずその手を掴んでみた。
冷たい感触が手に伝わり、瞬間、何もかもが消えた。
「何が起きたの?」私たちの声は、どこか遠くから聞こえるようだった。
周囲の風景が歪み、もはや現実だと言えるものではなかった。
そして、その時、耳元で「ここにはいられない…道を間違えたらいけない…」という囁きが聞こえた。
ぞっとする恐怖心に駆られ、私たちはその場から離れようとしたが、道を示す手は私たちを掴むことはなかった。
不安に駆られた私たちは、必死で道を反転させて森へ向かった。
しかし、忘れられた祈りのような声とともに、道はどんどん奥へ奥へと進み、なぜか戻れない気持ちになっていた。
焦りは嫌悪感に変わり、暗闇の中で方向感覚が失われていった。
「私たち、どうなっちゃうの?」優子の顔は青ざめていた。
私も心の中で恐怖が広がるのを感じた。
元の神社には戻れないのではないかという思い。
そこで思い出したのは、美咲が言っていた「道を間違えたらいけない」という言葉だった。
私たちは、全力で手を繋ぎながら原路を探り、何とか道から外れないようにして進んでいった。
途方もない時間が経ったのか、ついに私たちは神社の境内へと戻ってきた。
手の感触は消え、虚無感が心に満ちていた。
「なんだったんだ、あの手は…」健太が呆然と呟いた。
私たちの心に薄らとした恐怖が残りつつ、離島の夜は静けさを取り戻していた。
しかし、その静かさの中に混じって、私はどこか流れるような手の音が聞こえた気がした。
それはすぐに消えていったが、私たちの心の奥に、あの手の囁きが影を落としていた。
元の生活に戻ることができたのは幸運だったのか、それともあの手が導いてくれたのか。
私たちの中には、夏の終わりの不気味な影が深く刻まれていた。