深い森の中にひっそりと佇む廃村。
「ら」という名の伝説が語り継がれていた。
この村では、霧が立ち込めると、失ったはずの人々が再び姿を現すというのだ。
かつてこの村に住んでいた人々は、ある日忽然と姿を消しました。
村人たちはその理由を探し求めたが、謎は解けぬまま時が経ち、村は廃れていく一方だった。
ある日、一人の若者、健一は友人の涼子と共に、その廃村に足を運ぶことを決意した。
彼は興味本位で村の伝説を聞きつけ、真実を確かめたいという気持ちが強くなっていた。
涼子は最初こそ不安を覚えたが、健一の強引な提案に引きずられる形で同行することになった。
金曜の夕暮れ、二人は村の入口に立つ。
周囲には厚い霧が満ち、視界はほとんど効かなかった。
彼らは手を繋ぎながら、恐る恐る進んでいく。
村の中に足を踏み入れた瞬間、冷たい風が彼らの背中を押すように流れ去った。
時折、村の古びた家々が薄暗い霧の中から浮かび上がり、まるで何かが彼らを見つめているかのような感覚を与えた。
「ここ、本当に人が住んでいたの?」と涼子が声を震わせた。
健一はその問いに答えず、廃屋の一つに目を向けた。
「あそこに行こう。何かあるかもしれない。」
健一は涼子の手を引き、廃屋の中へと入っていく。
中は暗く、腐朽した匂いが漂う。
家具は倒れ、壁にはカビがはびこっていた。
そして、彼らが部屋の奥に進むと、一際大きな鏡が目に留まった。
その鏡はひびが入り、曇りがかっていたが、何故か不思議な光を放っているように見えた。
「この鏡、なんか変ね…」と涼子は興味を惹かれた。
健一は鏡をじっと見つめ、その表面に自分たちの影が映るのを見た。
しかし、影は彼らのままであるはずなのに、そこには見知らぬ人々の姿が映っていた。
村の住人たち、まさに消えた人々であった。
「これが…ら?」健一は不安を感じつつも、その正体を確認したくなる衝動に駆られた。
「この鏡を通じて、彼らに会えるかもしれない。」
そう思った瞬間、霧が一層濃くなり、部屋が暗闇に包まれていく。
彼らの前に現れたのは、かつての村人たちだった。
彼らは驚くほど穏やかな表情を浮かべていたが、どこか不気味さも感じさせた。
「あなたたちも、ここへ来てしまったのですか?」一人の村人が言う。
涼子は恐怖で震え上がり、「何があったの?」と問いかけた。
村人たちは微笑みながら、ゆっくりと話し始めた。
かつて彼らは、村に流れ込む霧にいざなわれ、消えてしまったという。
意志を持つ霧が彼らを導き、二度と村を出ることはできなかったのだ。
そして今、彼らは新たな「ら」を求めてやって来た者を待ち続けていると言った。
「私たちは廻り続ける運命にあるのです。あなたたちも、今ここに来てしまったからには…」
健一はその瞬間、全身が冷たくなるのを感じた。
彼と涼子は後ずさりしようとしたが、足が動かない。
村人たちの目が彼らをじっと見つめ、何かに引き寄せられる感覚があった。
「私たちを迎えに来たのですね。」村人たちの言葉が、耳の奥で響く。
健一は気がつくと、彼らの中に入っていく感覚を覚えた。
「助けて!」涼子の叫び声が響いたが、その瞬間、すべてが真っ暗になった。
彼女の記憶は霧の中に消え、二人は廃村の一部として永遠に囚われることになった。
それ以来、廃村は続けて新たな訪問者を待つ。
霧が立ち込めた日には、何かがこの村へ吸い寄せられるのだろう。
彼らはまた、廻る運命の中で、ふと訪れる人々を見つめ、微笑んでいるのであろう。