深夜の道を、彼女は一人で歩いていた。
静まり返った街並みの中、灯りは少なく、周囲は影に包まれている。
時折吹く冷たい風が、彼女の髪先を揺らした。
名は行（あん）。
彼女は友人たちと楽しく過ごした後、帰路に着く途中だったが、心のどこかに不安が漂っていた。
「ちょっと遠回りになるけれど、こっちの道を通った方が早いわよね。」行は自分に言い聞かせるように呟いた。
普段は明るく賑やかな道であったが、今はその様相を変え、異様な雰囲気を醸し出していた。
左手には薄明かりの街灯があり、そのオレンジ色の光が彼女を支えるかのように輝いているが、何故か心を落ち着かせることはできなかった。
途中、何かの音が耳に残る。
最初は小さな風の音だと思ったが、それが少しずつ大きくなってきた。
「カタカタ…カタカタ…」それは、誰かが何かを叩いているような音であった。
行はその音に引き寄せられるように足を止めた。
不安を感じながらも、振り返る勇気はなかった。
心の中で「どうして私はこの道を選んだのか」と呟く。
音はいつの間にか彼女の心の中でリズムを刻み始め、脈拍のように次第に早くなる。
目を閉じ、音に集中する。
他の音は何も聞こえず、その音だけが世界を支配しているかのようだった。
やがて、その音の正体が見えてきた。
目を開けると、道の奥にひときわ大きな影が見えた。
人とも違う、何か不気味なものが彼女に向かっている。
行は後ずさりし、恐怖を感じた。
だが、逃げるにはまだ早い。
混乱した心の中で「逃げよう」と思いながら、その場に立ち尽くしていた。
その影が近づくにつれ、彼女の心臓はばくばくと音を立てた。
影は人の形をしていたが、その形はどこか不完全で、口から漏れ出す音はさらに不気味だった。
「助けて…」それは、囁きにも聞こえたが、行の耳には明確にその声が響いていた。
「助けて。助けてくれ。」
行は声に引き寄せられるように、一歩、また一歩と前に進んでしまった。
影の中に潜む何かを感じる。
吸い込まれそうな、その声に恐怖を覚えながらも、彼女は自身の意志をもって進むことができなくなっていた。
「私が消えてしまうのだろうか。」心の中で囁く声が消えた瞬間、その影が彼女の前に立ちはだかり、正体を現した。
かつての彼女の友人だった、優美（ゆうび）の姿がそこにあった。
彼女はどこか虚ろな表情を浮かべていた。
「助けて…私はここにいる…。どこにいるの。」
「優美…」行が震える声で呼びかける。
彼女の中に強い感情がこみ上げてきた。
友人を助けなければならないと思ったが、どうすればいいかわからなかった。
心の中で「私があなたを助ける」と誓った瞬間、優美の姿が薄れていく。
「私も消えてしまうの…」その言葉が耳に響いたと同時に、行は急に冷たい水に包まれたような感覚を覚えた。
自身が消えてしまう恐怖に駆られ、行は叫んだ。
「優美！私を救って！」
その瞬間、彼女の意志が強く、音が止んだ。
耳鳴りが彼女の心を貫いた。
「助けて」と繰り返す声が、彼女の心の中で光を呼び寄せる。
闇の中に小さな明かりが現れ、彼女はその光に向かって手を伸ばした。
光が彼女を包み込み、優美はその光の中で一瞬立ち止まった。
彼女は微笑み、行を促すように手を振った。
消えていく影の中、「生きろ」と囁く声が聞こえた。
行はその背中を見つめながら、再び自分の道を歩き出した。
暗闇を振り払い、未練を消し去った行は、友人の存在を忘れずにその瞬間を生き続けることを決意した。
道を進む彼女の心の中に、友人への思いが宿っていた。
「私は生きている。あなたのために。」
